「芸人とはなにか」ハチミツ二郎と田崎健太が酒を飲みながら語る

「面白至上主義者」の矜持
田崎 健太, ハチミツ二郎 プロフィール

テレビの怖さは、どこにあるか

田崎 ぼくらの世界でも本を買ってくれる読者と、ウェブでタダの記事だけ見ている人間とは、反応が違う。

二郎 ウェブの方が文句を言う奴は多いじゃないですか。だから、俺はお金って大切だと思うんですよ。

今の時代、数百円で本は買えない。家庭を持っている中年サラリーマンの人なんか、20代の独身よりもお小遣いが少なかったりする。その小遣いの中から本を買ってくれるんですよ。『全身芸人』はこの対談の前に頂きましたけど、『真説・長州力』も『真説・佐山サトル』も予約注文で買いました。『全身芸人』も自分で買おうと思っていたので、田崎さんは1冊売り損ねましたね(笑)。

 

田崎 当然のことながら、二郎さんは劇場に足を運んでくれる客が大切だと。

二郎 吉本の劇場もそうなんですけれど、(単独)お笑いライブをやっていますよね。普通のお笑いライブは3500円。でも俺たちは5000円。一番前の席は1万円取っている。それでも一番前はだいたい(発売開始から)1分で売り切れる。その金額を払うって、相当な覚悟だと思う。覚悟のある人が1列目、2列目に座ってくれて、その思いが劇場全体に波及していく。

田崎 敢えて聞きますが、テレビに出ている方が楽じゃないですか。それでお金も儲かる。

二郎 俺がなんでカール・ゴッチになっちゃったかというと、テレビって面白いことをもっと面白く伝えることが出来るんです。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のゼネラルプロデューサーの加地(倫三)さんなんかは編集の天才で、現場で起こったことよりも、効果音とか写真とかテロップで面白くして、視聴者を笑わせる。スタジオで滑ったなと思っても、他のシーンをくっつけてなんとかしてしまう。それはまだいいんです。でもテレビって、面白かったことを面白くなくして伝える人もいる。

田崎 素材を台無しにしてしまうという意味ですか? 

二郎 スタジオですごく盛り上がっているのに、オンエアーではナレーションで済ませて、どうでもいい会話を使う。そういう番組の編集をする人とは、ぼくらは感覚が違うんです。もし、それが正解ならば、街ブラ(番組)は芸人がやらなくても、安住(紳一郎)アナのような人がやったほうがいい。おばちゃんの好感度も高いだろうし。

田崎 街をぶらぶら歩いて、当たり障りのないコメントで繋いでいくタレントで十分。

二郎 ここ10年、15年のテレビの流れというのは、喧嘩をするかもしれない、問題を起こすかもしれない若手とぶつかって作っていこう、という感じじゃない。完全にこっち(制作サイド)のやりたいことをやってくれる芸人を使う傾向がある。

「面白至上主義」の道を選んで

田崎 ぼくが「全身芸人」に惹かれたのは、テレビの中に縮こまって、コメンテーターやひな壇芸人を演じて小金を稼ぐことに汲々としている芸人へのアンチテーゼでした。月亭可朝さんのように、〈一夫多妻制の確立と、風呂屋の男湯と女湯の仕切を外すこと〉という公約を掲げて選挙に出て、全てのレギュラー番組を降板し、そしてそれをシャレとして後悔しない。それが一般人には真似出来ない芸人の「粋」であり、格好良さだと思うんです。

二郎 ここに20代のビートたけし、20代の立川談志、20代のとんねるずがいても、今のテレビは使わない。

俺みたいな〝面白史上主義〟〝面白潔癖症〟の人間からすると、太田さんから言われた「つまんないこと言ったらテレビに出れるよ」というのが、頭から消えないんです。もしかして太田さんは言ったことさえ、覚えていないかもしれない。そんなに(笑いを)突き詰めなくてもいいという意味だったのかもしれないんですけど。

田崎 自分の選択した道が正しいという手応えはありますか?

二郎 今、軒並み単独ライブって客が入らないんです。でも、俺たちの今年のルミネTHE吉本での単独ライブは、全席即日完売したんです。

考えてみたら、今年1年間、テレビでは一回もネタをやっていない。テレビを拒否したから客が増えたという変な現象。2000人、3000人が入るわけじゃないですれど、最低500人、600人は付いてきてくれている。知り合いが新しく小屋(劇場)を作るって言うので、こけら落としの興行を頼まれたんです。売り出したら、90席2日分がやっぱり1分で売り切れました。

田崎 お金を払う客がそこまで付いてきているのが凄い。

二郎 でも世間の人はそんなこと知らなくて、街の人は俺を指差して「あー誰だっけ、テレビで観たことがある」とか「何だっけ、最近テレビに出ていない人」っていう、テレビ至上主義がまだまだまかり通っている。