「芸人とはなにか」ハチミツ二郎と田崎健太が酒を飲みながら語る

「面白至上主義者」の矜持

本来、芸人とは日常生活の埒外に棲息する人間たちである。舞台の上に立つ彼らの目は醒めている。客席の機微を肌で感じながら、ネタを調節して笑いを取っていく。彼らには〝笑われているのではない、芸で笑わせているのだ〟という強い矜持がある――これはノンフィクション作家・田崎健太がベテラン芸人に取材し、その人生を描き出した『全身芸人』(太田出版)の書き出しだ。

芸人は躯ひとつで観客と日々対峙し、笑いでねじふせる、逞しい人間たちである。そして笑いは刹那でもある。笑いは時代にぴったりと寄り添い、世間を席巻した笑いもあっという間に風化し、使い捨てにされる。

特にテレビは残酷である。そんな中、彼らは何を考え、どう生き残ろうとしているのか。

ハチミツ二郎は芸人が認める、芸人の中の芸人、若き〝全身芸人〟だ。テレビ、舞台、プロレス、ビートたけし、立川談志――田崎とハチミツ二郎が、長州力のいきつけの居酒屋で酒を酌み交わしながら語り尽くした、究極の「芸人論」。

「お前、それ言っちゃ駄目だろ!」

田崎 ぼくは今年、『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』と『全身芸人』という本を上梓しました。プロレスラーと芸人というのは、己の肉体で、多くの観客と対峙するという共通点があります。ハチミツ二郎さんは、芸人であり、レスラーとしてリングに上がり、メキシコでルチャ・リブレのライセンスも取得しています。

二郎 少し前ですけれど、長州力さんと東京に戻る新幹線のグリーン車で一緒になったことがあるんです。ぼくは嫁と二人。それまで長州さんとは面識がありませんでした。トイレに行くときに挨拶して席に戻ると、嫁が「長州さんがさっき来て、一緒に飲みませんかと言われた」と。それで長州さんの席に行き、二人で60本ぐらい缶ビールと酎ハイを飲んで、車内販売のワゴンが空になってしまった。途中からウィスキーの小瓶と氷をもらって、それも全部飲みましたね。

田崎 長州さんはお笑い、芸人が大好きですものね。

二郎 長州さんは酒を飲みながら、さきイカとか柿ピーとかを小袋から鷲掴みにして、1袋を2口ぐらいで食べちゃうんです。つまみも(車内販売の)ワゴンからなくなりましたね。そのとき長州さんから言われたんです。俺たちは一緒の仕事だと。それでぼくが「長州さんって、プロレス界で一番演技力がありますものね」って返したら、「お前、それ言っちゃダメだろ!」って、バーンと背中を叩かれた(笑)。

田崎 『真説・長州力』を書くとき長州さんに何十時間も話をしましたけれど、よくテレビを観ているんですよ。そして芸人の動向に詳しい。ハチミツ二郎さんは好きなタイプの芸人だったんですね。

 

二郎 名古屋あたりで、グリーン車をのぞきに来るおっさんがいたんです。そのとき、車両には、ぼくと嫁と長州さんともう一人しか乗っていなかった。しばらくするとそのおっさんは手帳とボールペンを持って戻ってきた。ああ長州さんにサインを頼んでくるんだろうなと。断るだろうなっていうのは雰囲気で分かったんですけれど、その断り方に度肝を抜かれたんです。

田崎 なんと言ったんですか?

二郎 「長州さんですね?」って言われて「違います」と答えたんです。どこからどうみてもあの大きな体は長州力じゃないですか。なのに違うって。さすが長州力だと。

田崎 それ、長州さんのいつもの手です。「長州さんですよね」と話しかけられると、「違います」ってすたすたと歩いて行く(笑)。

二郎 俺もそれからサインを断りたいときは、「違います」って断るようになりました。

田崎 そこから長州さんとの付き合いが始まったんですか?

二郎 いや、そのときだけです(笑)。「六本木の居酒屋にいるので、いつでも来てください」って言われたんですが、どこの店か分からないじゃないですか。『真説・長州力』を読むと、田崎さんはいつもこの店で長州さんに話を聞いている。だから、今日の対談場所をここにしてもらったんです。

芸人とプロレスラーの「共通点」

田崎 二郎さんも「プロレスラーと芸人は似ている」と思うことはありますか?

二郎 昔のレスラーと今のレスラーって違うじゃないですか。芸人も同じで、昔の芸人と今の芸人は違う。見事なもので、昔の芸人と昔のレスラー、今の芸人と今のレスラーは似ている。

田崎 破天荒が許された時代を生きてきた人間と、そうでない人間の差ですね。

二郎 昔はどっちも飲む、打つ、買うをやっていた。でも今はそんな人はいない。レスラーは炭水化物を取らず、揚げ物を食べるときは衣を剥がして食べる。ぼくらの若いとき、芸人はいかに飲むかだったけど、今は平気で「ぼくは飲みません」って言える。

田崎 二郎さん、いま幾つでしたっけ。

二郎 44歳です。

田崎 昔気質、オールドスクールな芸人と今の芸人の境目はどの辺りになりますか?

二郎 自分たちぐらいが境目だというのは、もう10年以上前に次長課長と話していましたね。次長課長は年は一つ下。キャリア的にはほぼ同じ。

次長課長や俺らのときは、飯を食い終わっていても、先輩(芸人)から電話が来たら、行きました。彼女と一緒にいても、先輩から誘われたら、女の子を帰してそこに行きました。ところが、俺らの下ぐらいから「もう飯食いました」とか「今、彼女と一緒にいるんです」って断るようになった。ぼくらは〝間〟だからその違いが良く分かるんです。俺らは(先輩の誘いを)断らないけど、(後輩からは)断られる(笑)。

田崎 物書きの世界も似たようなところがあるかもしれません。そもそも酒を飲まない人も増えました。

二郎 新日本(プロレス)の真壁刀義さんと親しくさせてもらっているんですが、あの人は若い頃に先輩から死ぬほど殴られていたわけじゃないですか。でも、俺たちがやられていたときは『教育』、今はなんで『体罰』になるんだって。

もう一つ〝境目〟を感じるのは、後輩に奢るか奢らないか。俺は(ビート)たけしさんのところにいました。たけしさんは、後輩や弟子の分はもちろん、店に居合わせた知らない人の分も全部払って帰る。でも、俺のちょっと上から後輩がいても払わない人がいる。『全身芸人』の中で、月亭可朝さんが、取材前はお金に渋いことを言っていたのに、気を許してからは焼肉を気前よく奢ってくれたという話がありますよね。あれは昔の芸人さんという感じがした。

月亭可朝(写真/関根虎洸)

田崎 お金があるのかないのか分からないのに、気前がいい。

二郎 古い芸人ってそこが一番魅力だと思うんです。浅草系の人で、この人、確実にここ数年テレビで観ていない、営業があるとも思えない、っていう人から「食え食え」って言われると、俺も心配になる。お金を借りてきてくれたのかなとか、奥さんが公務員で金があるのかな、なんて思ってしまう(笑)。