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ハンガリー「奴隷法」大規模デモが激化…なぜこんなことになったのか

年400時間まで残業を認めた結果…

1万5千人の労働者デモ

12月12日、ハンガリーで、ヴィクトル・オルバーン首相のフィデス=ハンガリー市民同盟政権により労働法改正の採決がなされ、それまで年250時間であった残業労働時間を、1.6倍の年400時間まで可能とすること、またその支払いについても3年間まで凍結できるとの条項が通った。

労働者たちはこれに怒り、首都ブダペストで1万1千人、全国で1万5千人に及ぶ労働者が大規模デモを行った。

12月16日、左派・ハンガリー社会党の党首ベルタラン・トートは、抗議行動を継続すると声明を出した。左派のみならず極右政党のヨッビク(Jobbik)も、また労働組合、地方自治体、若者、一般労働者など多くの人々が相互に呼応しあってのデモとなった。

首都のくさり橋や国会周辺などに、デモが広がり、また南部のセゲドや北部のシャルゴターリアーンなど地方議会では、新しい法を実施しないと声明が出された。

20日にはアーデル大統領が法案に署名し、これはEU諸国の規制ほど厳格ではないと述べて、再び怒りの抗議デモを引き起こした。法が執行できるかは予断を許さない。

オルバーン政権下では、2017年4月に教育関連改正法案が可決された際、ジョージ・ソロスが設立した中央ヨーロッパ大学の閉鎖反対を訴える7万人規模の大きなデモがあった。今回はそれに次ぎ、地域的広がりとしては最大規模のデモとなっている。

オルバーン首相のフィデス=ハンガリー市民同盟政権は、2010年以降3選を遂げて権力の独裁化を推し進め、特に2018年4月には反移民、反EUを掲げ、3分の2をとって圧勝し、「イリベラルデモクラシー(反自由主義的民主主義)」を掲げて、権力の集中を進めている。オルバーンはデモについてもソロスによる傭兵だと主張し、批判を買っている。

デモは16日以降連日行われ22日まで続いた後、クリスマスの中断を経て、1月5日にむけ再び抗議デモが呼びかけられた。

興味深いのは、12月20日に、北部サボルチの警察官230人が、ここ3年、年5万時間の残業代およそ2億フォリント(約8000万円)の未払いを求めて、公開書簡を出したことである。

彼らはデモ隊とは関係ないとしながらも、3年間支払われていない警官の残業代が、膨大な金額に達していることを告発し、即刻払いを要求している。

 

なぜこんなことが起きたのか

なぜこうしたことが起こっているのだろうか。

ハンガリーでは、冷戦の終焉後、最初に改革を率いたのは、ハンガリー社会党であった。1989年、短命なハンガリー民主フォーラムのヨージェフ・アンタルが政権に就いた後、改革派の社会党が政権を担ってきた。

社会党は、当初1998年まで、また2002年から2010年まで政権を担ったがその後腐敗と汚職によって下野し、フィデス=ハンガリー市民同盟は1998〜2002年と、2010年以降3期にわたり長期政権を担ってきた(『ロシア・拡大EU』)。

その間、国境外のマイノリティ・ハンガリー人に対しては、金銭的援助や、地位法、2重国籍法などで――周りの国々に物議をかもしながら――保護する法令を遂行する一方で、国内の移民や難民、また国外からハンガリーの独裁化に懸念を表するEUやユダヤ系知識人については強い反発を示してきた。

特に難民に対して、警官の放水や国境にフェンスを築くなどして、陸路の難民入国を阻止してきたことから、EUから幾度も強い勧告を受けてきた。

しかしオルバーンは策略家として2016年10月には、移民難民を拒否する国民投票を実施した。投票率は50%に達せず廃案となったものの、330万人(有効得票数中98%)の賛成票を得、国民の支持を背景に政策を実行するという「イリベラルデモクラシー」を掲げ、政策を行ってきた。

2018年4月の総選挙で、3分の2の議席により圧勝を勝ち取ってからは、さらに権力の集中が進んでいった。

司法においても、最高裁を頂点とするシステムとは別に、行政裁判所を設置し、政府にかかわる訴訟を行い法務大臣が判事を指名し直接管轄するなど、行政・立法・司法の三権分立を脅かし徐々に統合する動きも進めてきた。