2019年後半、ポルシェは電気自動車(EV)「タイカン」を発売する予定である。既存のモデルをEVにコンバートするのではなく、最初からピュアEVとして開発された車である。
プロトタイプの「ミッションE」は披露されているが、まだ市販モデルのスタイリングは公開されていない。モーターの出力は600馬力を超え、最高速250km/h、0-100km/h加速が3.5秒、0-200km/hも12秒以下という、ポルシェの名にふさわしい高性能を備えるスポーティな4ドアセダンになる見込みだ。航続距離は500kmとEVとしては長く、生産は年2万台が計画されている。価格は8万ドル程度(約900万円)からになると思われる。
しかしポルシェと言えば、高性能かつエモーショナルなエンジン音が魅力の大きな部分を占めるはずで、はたして高性能といっても、音の全くしないポルシェなど売れるのだろうか。実際、筆者の知り合いのポルシェユーザー仲間の間でEVが話題になることはまずなく、ほとんどのポルシェユーザーは内燃機関の熱い息吹が大好きな人種である。
納車は2019年末もしくは2020年になってからとまだ先の話ではあるが、まだ生産型のスタイリングも正式な価格も発表されていない段階にもかかわらずアメリカなどでは2018年8月に受注が始まっており、CNETの記者がポルシェアメリカのCEOに取材した記事によればアメリカではすでに1万台ほどの受注が集まっているらしい。EV先進国のノルウェーでも3000台以上の受注が集まっているということで、合計ではすでに1年分を超える受注となっているらしい。
発売されてから買おうと思っても、その時には数年の納車待ちを余儀なくされることになるほどの人気ぶりだ。
ポルシェは生産計画を年3万台に拡大を検討しているという。3万台といえば、ポルシェのアイコンである911の生産台数と互角の水準である。
はたして誰がポルシェのEVを買おうとしているのか。同じくCNETの記事によれば、多くはポルシェを初めて買う客らしい。その中で最大勢力はなんとEV専業のメーカー、テスラのオーナーだという(https://www.cnet.com/roadshow/news/porsche-taycan-tesla-orders/)。
テスラは日本ではまだ存在感が薄いが、アメリカでは2017年にはモデルSとモデルXという高級車だけで、年間5万台近くの販売を達成。生産にてこずっていると伝えられた小型のモデル3の生産が軌道に乗ってきた2018年は、11月までの段階で16万台に達し、かなり存在感のあるブランドとなっている。モデル3は8月以降月販2万台近くに達している。これはセダン市場においても車名別ベストテンに食い込む台数であり、テスラ全体でも直近ではモデル3の占める割合は8割近い。
これはどういうことを意味するのか。2017年までのテスラは、モデルSとモデルXという大型高級車のみで構成されるブランドで、年間5万台といえばポルシェと同水準の希少性があり、価格も8万ドル以上とステータス性の高いものであった。
もう「ありふれてしまった」メルセデスベンツやBMWではなく、テスラを所有することが進歩派の社会的ステータスとなっていたのである。それ故に高価格にもかかわらずよく売れたのだ。同じ電気自動車でも、より安くて買いやすいはずのBMW i3や日産リーフの販売台数はテスラよりはるかに少ない。i3やリーフでは社会的なステータスを表現できないからだ。
しかしこれが2018年後半になると事態は一変し、4万ドル台のモデル3が月2万台のペースで一気に出回るようになったのである。
テスラのブランドイメージがとても良くステータス性も高いゆえ、安いモデル3に飛びつく層が多く、50万台以上の受注残があるためしばらくは作れば作るだけ増えていくことになるだろう。2019年にはおそらく25万台以上のテスラが売られることになり、それはポルシェの5倍以上という多さになる。
モデルSやモデルXを買った人のうち、感度の良い人はテスラの社会的ステータス性が程なくして消滅すると感じていても不思議ではない状況だ。このような絶妙のタイミングで受注を始めたのがポルシェ・タイカンなのである。