この国の未来を予見する作品ばかり!2018年の日本小説ベスト12

平成最後の年末年始に読むべき12冊
鴻巣 友季子 プロフィール

虚構世界を作り上げる

10 三浦しをん『ののはな通信』KADOKAWA

作者3年ぶりの長編です。今年は『愛なき世界』(文藝春秋)という「植物女子」の長編も刊行していますが、ここでは、書簡体という人工言語を究めて書かれた『ののはな通信』を紹介します。

ふたりの人物の間に通う“恋情”を主題にした作品です。男と女ではなく、女性同士。冒頭では、横浜の私立女子高二年生の「のの」と「はな」。彼女たちの昭和59年(1984年)から平成23年(2011年)までの、じつに27年にわたる私信のやりとりのみで、448ページの大作は成り、ふたりの視点で昭和・平成を振り返ることにもなります。

手紙というのは、こちらの便が届いて返事がくるまでのもどかしい時間が恋情をあおりますね。また、文通という古風な道具立ての導入で、“架空の昭和”を構築しようとする作者の強い意志も感じられます。たとえば、「狭い四畳半ですけど、その点はごめんあそばせ」とか、「今度はののの話を聞かせて。きっとよ」など、虚構性の強い女性言葉が使われています。

 

近年、性差別やリアリティがないことを理由に、女性言葉や役割語を潔癖に排除する傾向がありますが、本作はそれと真っ向から組みあうかに見えます。どんな言語でも、書き言葉にしたときに虚構化は必然的に起きる。小説として書かれるときにも虚構化される。さらに、本作は手紙小説のため、全編が架空の「書き言葉」で綴られているのです。こうして本作のテクストは三重四重に仮構され、その虚構の言語で思いを彫琢し抜いたからこそ、彼女たちはふたりだけの言葉の桃源郷を持ちえたのでしょう。小説言語への批評性も感じさせます。

11 水原涼『蹴爪(ボラン)』講談社

この作品にも虚構世界をつくりあげる強固な意志を感じます。フィリピンの島と欧州の島を舞台にした新鋭作家の作品集です。

表題作の舞台は、顔見知りばかりで、気安さと息苦しさが同居するフィリピンの村。閉塞した小世界をかけめぐる出所不明の噂、くすぶる悪意、やり場のない怒り、煽られる不安、なし崩しになる望み……それらが水面下に渦巻き、空気は不穏さを増していきます。

島ではほぼ唯一の娯楽として闘鶏が盛んで、「ボラン」とは闘鶏が脚に付けるナイフのような武器のこと。悪魔よけの「祠」を建てる話を縦軸に物語は進んでいきますが、村は土着の文化や慣習を擁しつつ、グローバル化の波も確実に被っており、対立する二世界の衝突音が絶えず背景に鳴り響きます。

そこで、強さは弱さに、弱さは強さに転換されます。舞台はフィリピンですが、そこは貧しくて前近代的な異世界ではなく、もちろん現代の日本が二重写しになっているのです。

期待の新鋭。今後もご注目ください。

12 森見登美彦『熱帯』文藝春秋

熱帯つながりというわけではないですが、大トリはモリミー渾身の傑作。

現代日本版の「千夜一夜物語」は、古川日出男『アラビアの夜の種族』や、前述の星野智幸『夜は終わらない』などの名作が書かれてきました。本書もその系譜にあたります。

語り手は作者の分身「モリミン」。小説が書けず、スランプ気味のある日、謎の本をめぐる物語を思いつきます。「汝にかかわりなきことを語るなかれ」という警句から始まる「熱帯」という本の記憶が甦ったからです。ほーら、見るからに、虚実の境があやしくなりそうな、危ない設定ですね。

この本を最後まで読んだ者は一人もいない。語り手は奇妙な「沈黙読書会」で本に再会、「学団」がその内容の全貌をつかもうと研究を重ねていることを知りますが、「熱帯」にはどうしても切り抜けられない「無風帯」がある。謎の追究はアラビアンナイト風の入れ子構造をもって、とんでもない展開に! ちなみに、作中に出てくる「虎」は、作者に言わせると、自分が頭でコントロールできない何かだとか。本は数多の本を呼びこむ。書物とは一体だれが書くものなのか? 作者ではないかもしれません。

壮大な本の冒険であり、創作論でもあり、森見ファンはもちろん、作中に同名の書物が出てくるような本、たとえば、イタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』や、スカーレット・トマスの『Y氏の終わり』などの海外文学を愛する方々にもおすすめ。平成最後の年末年始、ぜひ時を超える蠱惑の語りにゆったりと身をまかせてください。

2018年日本小説 ベスト12(順不同)

1 橋本治『草薙の剣』新潮社
2 奥泉光『雪の階』中央公論新社
3 桐野夏生『路上のX』朝日新聞出版
4 姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』文芸春秋
5 いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』集英社
6 平野啓一郎『ある男』文藝春秋
7 多和田葉子『地球にちりばめられて』講談社
8 村田沙耶香『地球星人』新潮社
9 朝吹真理子『TIMELESS』新潮社
10 三浦しをん『ののはな通信』KADOKAWA
11 水原涼『蹴爪(ボラン)』講談社
12 森見登美彦『熱帯』文藝春秋

番外編(昨年刊行) 金子薫『双子は驢馬に跨がって』河出書房新社

(2018年の海外小説ベスト12は明日〔30日〕公開!)

鴻巣友季子『謎とき『風と共に去りぬ』矛盾と葛藤にみちた世界文学』全編を新たに訳した著者ならではの精緻なテクスト批評に、作者ミッチェルとその一族のたどってきた道のりも重ね合わせ、画期的「読み」を切りひらく。