この国の未来を予見する作品ばかり!2018年の日本小説ベスト12

平成最後の年末年始に読むべき12冊
鴻巣 友季子 プロフィール

もはや地球規模の小説も登場

7 多和田葉子『地球にちりばめられて』講談社

ドイツ在住の日独語作家・多和田葉子は2018年、『献灯使』(2014年刊)の英訳版(訳・マーガレット満谷)で、アメリカ最高峰の文学賞の一つ「全米図書賞」の翻訳部門賞を訳者とともに受けました。

『地球にちりばめられて』の主人公の女性「Hiruko」はヨーロッパに留学中、母国がなくなってしまうという事態に直面します。彼女の母国とは、紙芝居や寿司文化があり、セックスをほとんどしなくなったというアジアの国。おそらく日本でしょう。
本書は、故郷を離れてさまようディアスポラたちの、言語をめぐる物語。

Hirukoはスウェーデン、ノルウェー、デンマークと渡り歩き、いまは紙芝居様式の「メルヘンの語り部」として生きています。国をあちこち移っても言葉に困らないのは、「パンスカ」という人工の普遍語を独自に考案したから。母国の人間を探すうち、彼女は言語学科の大学院生や、インドから来た比較文化専攻でトランスジェンダーの人物や、天才寿司職人たちと出会い、引き寄せられていきます。

だれもが移民になりえるこれからの時代。不穏な予言の書であるのに、国籍や言語や民族の縛りから解かれる快さをもたらす。抜群に多和田葉子らしい小説です。

 

8 村田沙耶香『地球星人』新潮社

つぎも地球規模のお話です。村田沙耶香も2018年は、アメリカの超一流文芸誌「ニューヨーカー」や、イギリスの老舗書店の選ぶベストブックスに、『コンビニ人間』の英訳版(訳・ジニー竹森)が選ばれ、高い評価を得ました。

『コンビニ人間』は、就職しろ、結婚しろ、子どもをつくれ、という社会の同調圧力、または迫害に抗するため、コンビニ・ロボットのようになっていく女性が主人公でしたが、『地球星人』も、子どもを産み、税金を納めることを「生産性」と捉える管理社会を描いています。ここは、人間を「製造」する「工場」。人々は工場を回す「部品」にすぎません。

性交、婚姻、出産、性別、就労などにおける数々のタブーに挑んできた村田沙耶香。この最新刊は、作者史上でも最強(凶)かも。とくに終盤で、衝撃の事態が次々と起きます。読者の倫理観を逆なでしまくるでしょう。とはいえ、作者はこのような行為を肯定、奨励しているのではないのをお忘れなく。差別に基づくこれらと同等の迫害や虐待が、この現実世界でも起きているのではないか?という問いを、村田沙耶香はあえて過激で挑発的な喩えで呈しているのです。本作が初出誌に発表されたのは、今年の4月。作者の先見に脱帽します。

9 朝吹真理子『TIMELESS』新潮社

作者7年ぶりの長編です。ある女性と、高校の同級生だった被爆三世の男性は、恋愛感情も性関係もなく結婚し、子づくりのための無機的な「交配」を繰り返す……。

朝吹真理子の世界をひと言で表すとしたら、「アテンポラル」という形容詞がふさわしいと、何年か前に書いたことがあります。atemporalとは、temporal(時間制限のある、一時的な、はかない)の否定語。「時間の枠に縛られない」「時間を反故にする」ような状態。「無窮」、「永遠」、「不変」、あるいは逆に「不断の変化」、「無限の反復」、「果てしない流転」にも繋がる。朝吹作品の中では、ときに空間もこうした性質を帯びます。

本書の序盤には、主人公の男女が六本木に近い「我善坊谷」を訪れる場面があります。細い路地に入りこむと、「谷底に向かって落ちこんでゆく傾斜地にいる。さっきからまっすぐ進んでいるはずなのに、いまどこを歩いているか確信がもてなくなる。(中略)崖を削ったような急な坂をゆく。道をめくれば、その下からまたべつの道があらわれることを体が知っている」。このあたりは約400年前に江姫が火葬された場所なのです。現在の六本木に戦国時代、江戸時代の麻布が原が出現する――。 

それから、本作で重要なモチーフは雨、あるいは空から降るもの。空からはあらゆるものが降るが、死が落ちてくるとしたら、それは人間が落としている、と言います。空から降るものには、万物に命をもたらし循環する慈雨もあれば、すべてを「殲滅」させる災いもある。人間による災いへの静かな抵抗の声を低く響かせながら、『TIMELESS』は時間を滞留させ、メビウスの環のようにつなげる。作者にしか書けないアテンポラルな架空世界です。