この国の未来を予見する作品ばかり!2018年の日本小説ベスト12

平成最後の年末年始に読むべき12冊
鴻巣 友季子 プロフィール

日本の社会問題を小説にする

5 いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』集英社

風刺小説と言えば、この小説にもご注目を。

舞台は2036年の近未来。場所はかつての日本のようですが、「日」と「本」という字が検閲で黒く伏字にされているので定かではありません。書き手は元小説家。政治罪で十二年間投獄されたのちペンと紙を与えられ、党の機関紙にプロパガンダ記事を書くことになりました。この管理国家の「小説禁止令」を礼讃する記事を!

そう、独裁者は芸術や書物を必ず管理下におくのですね。深い情動を喚起する文学や、蒙を拓く文章は、独裁の脅威になるから。だからヒトラーは本を焼きまくり、アウシュヴィッツに収容されたプリーモ・レーヴィは記憶中の文学を頼りに生き抜きました。

というわけで、本書の著者は敗戦国の人間の務めとして、「嘘八百」である小説を、全力で否定していきます。いわく、小説は「いかがわしい」「あと暗い」そして「呪わしい無意識を引きずっ」ている、と。

ところが、小説の心は人間に深く根を張り、強制しても矯正しても、形状記憶合金のようにまた形をなします。人は還る、小説的精神に、物語に、嘘っぱちに。現に、いくら弾圧しても、本作は卓抜な文学論であり小説称賛にして、最高の小説になってしまったではありませんか! 恐るべし、小説め。

 

6 平野啓一郎『ある男』文藝春秋

この作品も小説家を大枠の語り手に据え、ある社会問題を扱っています。戸籍売買の闇ビジネスです。平野啓一郎は近年、「分人主義」(人のアイデンティティは一つではない。複数の自分をもっている方が生きやすいという考え)を提唱していますが、本作は「なりすまし」というトリックで、分人の概念をさらに大胆に展開させています。

ある女性が再婚した相手が仕事中の事故で急逝。彼が絶縁していた実家と初めて連絡をとってみると、夫は名前から経歴までまったく別人になりすましていたことが判明する。一体、愛する夫は何者だったのか?

物語は、彼女に調査を依頼された弁護士を主人公として描きます。彼が謎の男「X」の正体を追うストーリーが本筋となりますが、そのじつ、それを通して弁護士が自らの夫婦関係の危機、親子の問題、ひと時の恋心、死刑制度や地震被災者支援にまつわる考えなどを見つめ直し、さらには、在日三世としてのルーツと向き合う――そうしたことが主眼です。

「一体、愛に過去は必要なのだろうか?」。本書終盤での問いかけは、すなわち人は人のなにを愛するのか?という問いに、ひいては、人をその人たらしめているのは何なのか?という根源的な存在論に行き着くでしょう。蝉の「蛻」のような生をひたむきに生き継いだ「X」の心中を思うとき、控えめに描かれる妻の精神の遍路の壮絶さが急に胸に迫ります。主役は彼女――「ある女」だったのかもしれません。