クリスマスは「断食の時期」でもあることをご存じですか

レバノン出身の客員教授に学ぶ「聖夜」
石黒 マリーローズ

クリスマスはまた、人によっては大きなお祝いをする前の断食の時期でもあります。

私はレバノンにいたので、アドベントの時期には断食すべきだという精神とともに成長しました。しかし、私の父は寛容なキリスト教徒であり、また、私の健康や霊的な成長を気にかけていたので、朝食抜きで私を学校に行かせたくはありませんでした。

そこで父は、私が大きくなったら断食することができる、と私に言いました。父は私や家族みんなの健康を気遣っていました。父が着目していたのは、精神的な事柄だったのです。

 

それゆえ、父はイエスの誕生や、日常生活の中で直面するすべての問題に関してW.W.J.D=What Would Jesus Do? (イエスだったらどうするだろう?)と考えることに集中するよう、私たちに望んでいました。

許す、愛する、同情するなど、日々のあらゆる行いが、神であるイエスへの称賛そのものなのです。決してうわべだけの理由ではなく、父の深く成熟した心は、間違いなく神の愛されるものでした。

私は今でも、心地よいクリスマスイブの夜のことを、覚えています。美味しい食事、背後に飾られているクリスマスカード、「神の子は生まれた」、「荒れ野の果てに」などのフランスの歌。「きよしこの夜」はイエスの生まれた夜の情景を歌ったものです。

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ヘンデルの「オラトリオ」

もう35年くらい前になるでしょうか。12月のある夕方、大阪のコンサートホールで、大阪教育大学のたくさんの学生たちがとても美しく力強い声で「メサイア」を歌うのを聴いて涙を流したのを、私は今でも覚えています。

この「メサイア」という非常に有名なオラトリオは、12月になると、世界中で、また日本全国においても歌われています。

彼らの歌う歌詞はただ聖書から引用された言葉であるだけでなく、イギリスの国王ジェームズ1世の命を受け、学者たちが集められて1604年から1611年の間に改訳された欽定訳聖書の言葉なのです。

その詩的な英語訳は17世紀の間中、もてはやされていました。ですから、大阪教育大学の学生たちが力強く熱狂的に歌っていたのは、欽定訳聖書の言葉なのです。そのことにとても感動しました!

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ドイツ生まれのイギリス人作曲家であるゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)によって作曲されたオラトリオは、1742年にダブリンで初演されましたが、それ以来、世界中で最も演奏される機会の多いオラトリオになりました。

偉大な預言者のひとりであるイザヤは、イスラエルの高貴な家に生まれ育ち、クリスマスの主人公であるイエスの誕生、またイエスが人々から拒絶され苦しみを味わうことを紀元前に預言し、それをイザヤ書53章の中で書き記しました。

実際、イエスは十字架につけられ、3日後に復活しました。もしクリスマスがなければ、復活祭(イースター)もなかったでしょう。

クリスマスは、古英語でキリストのミサを表すC(h)ristes MaesseあるいはChrist’s Massという言葉に由来し、16世紀頃に現在のChristmasという綴りになったようです。

クリスマスツリーにはなぜ星があるか

クリスマスツリーに関して言えば、預言者イザヤによる次の言葉が思い出されてなりません。「レバノンの栄光は、糸杉、樅、つげの木と共にあなたのもとに来て、わたしの聖所を輝かせる」(イザヤ書60章13節)。

これが、今私たちがクリスマスツリーを見ることのできる所以である、と考えることができます。また、ヘロデ王のことを思い出すとき、私たちは次の節に慰められます。「あなたを苦しめた者の子らは あなたのもとに来て、身をかがめ、あなたを卑しめた者も皆あなたの足もとにひれ伏し……」(イザヤ書60章14節)。

ここで、日本人の敬意を込めたお辞儀が、紀元前に結びつくものであることがわかります。私たちはこのことを、神あるいは別の高次の存在に従っている人々に伝えることができるでしょう。

そして、クリスマスにおける私の願いは、その人を卑しめたり他人を苦しめたりしている人々が、クリスマスの奇跡によって悔い改め、愛することができるようになることです。

結局のところ、私たちは家族であり、「ヘロデたち」としてでも「ヘロデたち」によってでもなく、お互いを兄弟姉妹として扱うべきなのです。