19世紀西洋の日本ブーム=「ジャポニスム」が与えた意外な影響

「夢の国」が人々の美意識を変えた
宮崎 克己 プロフィール

多くの人々が日本に熱狂した

第一に、ここではそうした著名な芸術家たちだけでなく、幅広い社会的な広がりの中でジャポニスムを考えてみたい。

この《ラ・ジャポネーズ》(「日本女性」の意味)にしても、ここに表現されている日本への思いは画家モネだけのものではなかった。1870年代にもなると欧米の大都市では、このように室内で和服を着たり団扇・扇子を愛玩したりする女性はそれほど珍しくなかったし、日本の品々やそれを描いた絵画を愛好するコレクターも少なからず存在していたのである。

19世紀の西洋の市民たちは、自分たちの住まいのための独自の室内装飾を求めていた。それはルイ15世式、ナポレオン式などという君主の名を冠した権威主義的なものではなく、より私的な生活にふさわしいものでなければならなかった。

そして日本の美術工芸品とそこに表された造形感覚は、そうした場に好適だった。ジャポニスムの影響の見られるモネらの絵画も、同じような室内に向けて制作されたものだった。

この時代、日本のものの多くがオシャレに見えていた。「日本」は多数の人を巻き込むブームだった。西洋人は日本の開国によって夢から覚めたのではなく、新たな夢に入ったのだ。

そしてあらゆるブームがそうであるように、一方では嫌悪を抱く者もいた。また日本への興味といっても、それはけっして客観的なものではなく、あらゆる西洋からの非西洋へのまなざしと同様に、西洋の側の優越感が含まれたものであることもしばしばだった。

本書の主として前半で、私はこの第一の観点に立ち、ジャポニスムを西洋での社会的な広がりの中でとらえることをめざしたい。

 

モダンアートの源流としてのジャポニスム

本書の第二の観点は、モネなどのジャポニスムにおいて開始され、現代に及んでいるもの、つまりジャポニスムの「成果」もしくは「遺産」への注目である。これを本書の後半で述べることとしたい。

一つのブームである以上、あらゆるブームと同様にジャポニスムにも終息の時があった。20世紀初頭になって「日本」のイメージが変わり、美術工芸品の輸入が衰えると、ジャポニスムも沈静へ向かった。

したがって、見た目上、第二次世界大戦が近くなるとその流行は消え失せる。美術史・文化史の研究者の中には、ジャポニスムは一時的にはたしかに人々を熱くしたとしても、流行性感冒のように治ったあとに何も残さなかったと受けとめる者は少なくない。

これはジャポニスムの問題だけでは済まないが、私は、西洋は近代以後、猛烈な勢いで政治的・経済的な影響を世界に及ぼすと同時に、さまざまな非西洋文化を貪欲に呑み込み、その果てに、独特のヨーロッパ臭をかなり拭い去った普遍的・国際的な文化を生んだと考えている。

ジャポニスムはまさにそうした過程の中で、とりわけモダンアートが生まれるにあたって重要な触媒になったものの一つだった。

ジャポニスムが一時的な流行だったことは確かだが、その影響はモダンアートなどの中に流れ込んで目に見えないものになって残り続けた。