5億年前から生きている「不思議な生物」が教えてくれること

謎の生物「放散虫」が起こした革命
中川 隆夫, ブルーバックス編集部

放散虫は日本海の将来を教えてくれる

すごい技術にあっけにとられてしまったが、板木さんはあくまでも放散虫の研究者だ。
もう一度放散虫の話に戻って話を締めよう。

「僕は、化石も生きているものも含めて放散虫を研究していて、それは地球環境の研究にもつながります。5億年以上も生き続けている生物ですから、時代ごとの放散虫を調べていくと環境の変化がわかります。たとえば、日本海ですね」

日本海? ブルーバックスの熱心な読者なら、日本列島はその昔、ユーラシア大陸の東端にくっついていて、大規模な地殻運動によって離れたことをご存じだろう。離れた大陸と日本列島の間に海水が入り込んでできたのが日本海だ。

「日本海の底に堆積した放散虫を研究してみると、酸素濃度の低い時代があったことがわかります。酸素が少ないと、放散虫が生き延びることが出来ません。放散虫の少ない時代は、いわば日本海は死の海でした。皆さんはいま、日本海の深海に住むズワイガニやゲンゲを美味しいと言いながら食べていると思いますが、死の海になると彼らは当然いなくなります。12万年前にはそんな時代がありました。そして、地球温暖化は、酸素を深海に届けにくくしています。今後も死の海になる可能性があるのです」

【写真】放散虫は日本海を知る手掛かりにもなる
  放散虫は日本海を知る手掛かりにもなる

板木さんの説明によると、日本海の深海に酸素を届けるのは、対馬海流によって南から運ばれてくる海水だ。対馬海流は塩分が高く、それが冬に冷やされると密度も高くなるため海底に沈む流れを作る。しかし、温暖化で水温が上昇することによって、酸素の豊かな海面付近の海水が深海に沈みにくくなるという。冬の海水温が高いと水が軽くなり、海表面にとどまってしまうのだ。

「過去の放散虫の有り様を研究すると、その時代の環境がわかってきて、将来の環境予想に役立つことになります。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のレポートを見ていると、日本海の深海環境は、50年後に7000年前ぐらい、100年後には12万年前の温暖な時期と同じような環境になってしまうのではないかと危惧しています。環境は、我々が考える以上に変化しやすいものだということは憶えておく必要があります」

数十ミクロンという目に見えない放散虫が、5億年という時を経て、人間に教えてくれるものはたくさんあるようだ。

プロフィール  
【写真】高橋さん プロフィール写真

板木 拓也(いたき たくや)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質情報研究部門 海洋地質研究グループ 主任研究員

札幌生まれの札幌育ち。学生時代に山登りに明け暮れて、夢は探検家だった。そんな夢は叶うわけもなく、転身したのが地質の研究者。その理由が、「地球科学の研究は探検と似ている」から。ちなみに小学生の時の夢は虫博士。放散虫も「虫」だとすれば、夢は叶ったのかもしれない!?

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