5億年前から生きている「不思議な生物」が教えてくれること

謎の生物「放散虫」が起こした革命
中川 隆夫, ブルーバックス編集部

日本列島の秘密を解き明かした「放散虫革命」

ところが、複雑な形の放散虫が新しい時代のものとは限らない。そこが生物の不思議なところだ。板木さんは、放散虫の年代別化石ポスターを見せてくれた。一番古い古生代の放散虫化石は、枯れ木のようにトゲトゲしている。中生代に入って仏塔のような形が現れたり、針金をデザインしたような形もある。新生代になって、よりデザインされた球状のものが出てくる。

【写真】放散虫の年代別のポスター
  放散虫の年代別のポスター。下の方が年代が古く、上にいくほど現在に近い時代の化石が示されている。
(©産総研 地質標本館 グラフィックシリーズ 2)拡大画像はこちら

「カンブリア紀以降でも、何度か生物の絶滅の危機がありました。なかでも2億5000万年前のペルム紀末には生物の90%が死滅したといわれる時代があり、古生代放散虫もほとんどが死滅したと考えられています。主な原因は海中の酸素が減ったことだと思われます。そうした絶滅の危機を生き残った種類が、その後繁殖していく。その繰り返しで5億年以上を生き残ったというわけです」

ここがポイントだ。時代ごとに生き残った放散虫の種類が違う。形の進化もある。だから、時代の鑑定に役立つのだという。

「日本の地質学において、『放散虫革命』と呼ばれる時代があります」

板木さんが研究者になる前の話だ。放散虫が地質研究者からいっせいに注目を浴びた。

年代は、1970年代後半から80年代にかけて。歌謡界で言うと、ピンクレディーから松田聖子がアイドルだった時代。放散虫もアイドルだった、らしい。

「日本列島の成り立ちを考えるとき、地層の年代を確定させるのは重要なことです。ところが、複雑なプレート運動で押されてできた日本列島は、地層も複雑に重なり合っていて難しいのです。ただ、日本列島の大部分は付加体と呼ばれる海底に溜まった堆積物が、プレートに押されて地上に現れたものです。海底だった地層ですから、放散虫化石はその中にたくさんあります。そこで放散虫を使った年代測定が広く使われたのです」

硬い岩の中にある放散虫化石を取り出すのが難しかったのだが、フッ化水素酸によって放散虫化石をきれいに取り出す技術が進歩した。同時に、地球の成り立ちを解明するプレートテクトニクスの理論が確立されたのもこの時代。地層の年代確定と、地殻の運動理論がかみ合って、日本列島の地質研究は前進した。その下支えとなったのが、放散虫化石というわけだ。地下アイドル、というと怒られそうだが。

【写真】海底堆積物(チャート)
  放散虫化石が含まれる海底堆積物(チャート)

「太平洋の海底調査から、ジュラ紀(約2億130万年~1億4500万年前)以降の放散虫化石の年代は確定できています。ジュラ紀以前の古いものも、世界中の調査を付き合わせて、年代ごとにどのような放散虫がいたのかがわかっています。どの年代にも放散虫はいますから、地層の年代鑑定が可能なのです。そういう化石を示準化石と呼びます」

AIが熟練研究者の目と手になる

どこにでもいる。どの時代にもいる。それは重要なのだが、弱点がある。何しろ、裸眼では見えないのだ。シーラカンスのように大きければ、「生きた化石」と伝説にもなる。しかし、放散虫はあくまで、見えないアイドルだ。そのため、地層から取り出して、年代を確定するまでに時間がかかる。

「化石でいうと、親指の先ぐらいの石の中に、放散虫の化石は数十万個あります。それを石から取り出し、分類して年代確定するのが非常に手間だったのです」

その手間は、放散虫を分類出来る研究者を育てるのに数年。育った研究者が、顕微鏡を覗いて分類していくのに数ヵ月。すべてが手作業なので、時間と根気のいる作業となる。

板木さんがここ数年取り組んできたのが、この作業の効率化だという。

「AI(人工知能)とマイクロ・マニピュレーターを使って、放散虫化石の分類と選別作業を自動化するのです」

つい先日、そのモデルが発表になったばかりだ。

さっそく機械を見せてもらった。簡単に言うと、顕微鏡と、放散虫を吸い取って選別するロボットが合体した機械だ。顕微鏡の試料台に放散虫の微化石を散布し、スイッチを入れるだけ。あとは、指定した形の放散虫化石をAIが探し、それをマニピュレーターが取り分けてくれる。

顕微鏡が映し出した画像を横のパソコンモニターで見ていると、まるで顔認証システムと同じように、AIが放散虫を四角で囲み、そこをめがけて超極小のロボットアームが伸びていって、あっという間に取り出した。最先端工場でロボットアームが電子部品を選び出しているようだ。ただ違うのは、それがミクロン単位の部品を分別しているということ。

【写真】AIとマイクロ・マニピュレーターを使って放散虫を選別
  AIとマイクロ・マニピュレーターを使って放散虫を選別する

「いわゆるディープラーニングによってAIに放散虫の形を覚え込ませました。だいたい3万枚の画像から個体の形を認識させています。今のところ、そこから数種類の放散虫を分類できます。マニピュレーターの方は、放散虫を掴むのは無理なので、細い管を目標に当てて吸引によって持ち上げる感覚です」

今まで、熟練研究者の目と手を使って数日かけて行ってきたことが、このシステムなら1000個を3時間で選り分けられる。圧倒的な効率化がはかれる。

「ずっとやりたかったことが、AIとマニピュレーターの進化によって可能になりました。特定の放散虫化石なら90%以上の正答率です」

このすごい技術を目の当たりにすると、他に応用できることも多々あると思えてくる。

「たくさんあると思います。現在、産総研のなかでは、火山灰の研究者と一緒に研究を始めていますが、他にも医療とか、応用範囲は広いと思いますね。異物の除去など、可能性が広がると考えています」