5億年前から生きている「不思議な生物」が教えてくれること

謎の生物「放散虫」が起こした革命
中川 隆夫, ブルーバックス編集部

じつは、寿命も餌もよくわからない

「では、放散虫の発見から歴史をひもときましょう。生物としての放散虫は、顕微鏡の発達によって発見されました。最初の報告が1834年。1854年以降、生物やその化石として多くの種類が発見されました。1875年になってドイツ人によって名前が付けられ、スケッチした本が出版されています。そのオリジナル本を見ますか?」

そう言って取り出してきたのは、日本では明治になったばかりの時代の洋書だ。丸い放散虫がきれいにスケッチされている。当時の顕微鏡はそれほど高倍率のものではなかっただろう。それでも描かれた放散虫の美しさは、今と同じように引きつけられるものがある。

【写真】論文のスケッチと模型
  1858年に出版された論文のスケッチと模型)

「きっと美しいと思ったでしょうね。今でもそれは同じですよ。僕も研究に疲れたときには、放散虫を観察します。こうやって顕微鏡を覗いて放散虫を見ていると飽きません。無心で見続けていられます」

研究でも顕微鏡を覗き、それに疲れたら、また顕微鏡を覗くって……相当の放散虫愛の持ち主。それほど美しい姿をした生物なのだ。

「といっても、放散虫は謎だらけです。寿命も、1ヵ月だという論文もあれば、2ヵ月だという人もいる。飼うとしても、餌に何をやれば良いのかわからない。海水を入れ替えてやるぐらいしか方法がないのです。水産資源にどれくらい寄与しているのかがよくわかっていないので、水産学の分野では研究者も非常に少ないのが現状ですね。多くの研究者は地質学者です」

なぜこんな形になったのか?

それにしても、どうしてこんなに形が違うのでしょうか。

「確かにそうですね。殻はガラス状のものと言いましたが、鉱物でいうとオパールと同じ成分で、非結晶シリカとも言います。陸上の三大栄養素はカリウム、窒素、リンですが、海の三大栄養素は窒素、リン、シリカです。海中のシリカが集まってきて殻を形成しています。放散虫は、短い命のなかでも殻を成長させているんですよ。三角錐形の放散虫なら、尖った方から順番にできていく。丸いのは、中心から外へと殻を大きくしていきます」

なぜ殻があるのでしょうか。

「一説には、海中での重りの役割をしているのではないかと言われています。殻の中の有機物だけだと、海面でフラフラすることしかできません。殻の重みで、沈んでいくことができます。そして仮足をたくさん出せば、また浮力が生まれて上昇できます」

海中を浮いたり沈んだり、フラフラと自由に生きている放散虫を想像してみた。まるで海の寅さんのようだ。気ままでいいなあ……とはいえ、彼らは餌を摂るためにフラフラしているわけで、けして自由気ままな渡世人というわけではないが。

「どうして三角錐の形になったのかを想像してみると、沈みやすいからじゃないかということもありますね。尖った方が下に向くと、沈みやすいでしょう」

【写真】さまざまな形の放散虫の模型
  さまざまな形の放散虫の模型

なるほど。単細胞生物なりに考えられた形だ。では、なぜこんなにも形が違うのか。

「もっともな疑問ですが、正直言ってわからない(笑)。5億年もあると、いろんな海の環境に適応していって、その結果いろいろな形状になったんでしょうね。とげのように殻が出ているグループは、そこが仮足の支えになっているのではないかと考えられています」