クリスマスがどう頑張っても「男女のイベント」になる歴史的理由

どうして「男女のイベント」なのか
堀井 憲一郎 プロフィール

恐ろしくカネを使っていた時代

敗戦後すぐに復活する。

これまた「ジャズとバーとキャバレーのクリスマス」である。

銀座や新宿の歓楽街に男性客が集まって、大騒ぎをした。

バーやキャバレーはクリスマスパーティ券を高額で売りつけ、またそれをみんな買っていた。

たとえば1958年(昭和33年)の記事では「1枚1万円のクリスマスパーティ券が売れずに不景気だ」と銀座のバーのママが嘆いているものがあった。「1枚3500円のものが最高」とのコメントが載ってるが、60年前の金額としてはべらぼうである。

 

当時の大卒初任給が1万円少々(1万1千円とか、1万3千円あたり)の時代に、パーティ券が1万円である。(売れてないけど)。2018年の大卒初任給は20万円少々だから、いまでいえば、「20万円のパーティ券が売れない、売れたのは7万円の券」と言ってるようなものだ。ぼるにもほどがある。

今年は売れてないという嘆きなので、1957年や1956年はそれでも売れていたということなのだろう。なんだかとても凄まじい。おそらく会社経費で遊んでいたんだろうけれど、コメントしようがない世界である。

どうしても「男女の日」になってしまう

クリスマスは、どうやら大正末年から(1920年代に入ってから)男女のものになっていた。

クリスマスは「男の遊びの日」だったのだ。

吉原遊郭も1958年にはなくなり(吉原だけではなく日本中の全遊郭がなくなったんだけど)、クリスマスイブの大騒ぎは沈静化していく。高度成長期になると、みんな真面目に働き、クリスマスイブに20万円の散財することもなくなり、7万5千円の散財もなくなり、家に帰るようになった。1960年代は「ホームクリスマス」がふつうとなり、クリスマスは子供たちの日へと戻った。

それから20年たって、およそ1960年ごろに生まれた女性たちによって、「クリスマスイブは女性をもてなす日」と宣言された。

「クリスマスの夜は、日本的ではない祭りをおこなうもの」という空気がもともとあり、それはどうしても「男女の日」となっていってしまうようだ。

「異教の祭り」であるため、日本的ではないものを探したところ、若い男女の日にするのがいい、ということになったのだろう。何だか、八百万の神も一緒にそう考えてくれてるような気がしてしまう。

イエスさまが神の子として地上に降り立った日なのだ、と真剣に祝うか、それができないのなら、別の祭りにするしかなかったのである。

まあ、ぼちぼち、がんばっていくしかない。