洗剤のサイズを10分の1にした男の「波瀾万丈な研究生活」がすごい

弟子が描く「コンパクト洗剤誕生奇譚」
伊藤 政博 プロフィール

存在していた「好アルカリ性細菌」

微生物を培養するための培地成分に炭酸ナトリウムを1%ほど加えると、ちょうどpH10付近になる。このように強アルカリ性にした培地を20本の試験管に分けて、理化学研究所の敷地内の土を取ってきて培養してみた。

もちろん、「最初からそううまく行くはずもない。1つも生育しないのでは?」と考えていた。

だが翌日、試験管を見ると、20本すべての培地に菌が生えていたのだ!

培養液のpHの調整を間違えたかと疑い、念のためpHを計りなおしてみたが、やはりpH10だった。

アルカリ性環境を好んで生育する微生物──「好アルカリ性細菌」の発見である。

驚いた掘越は、理研のいち研究者であったにもかかわらず、上司にも内緒でこの研究を続けた。もちろん、研究費を稼ぐ必要があることは念頭にあった。そこで、好アルカリ性細菌を分離しては、アルカリ性環境でよく働くタンパク質分解酵素やでんぷん分解酵素などを精製し性質を調べて、特許を取得した。

このような研究を続けた結果、数年のうちにアルカリ性でよく働く一連の酵素の特許を押さえてしまったのだ。

酵素を巨大ビジネスに

1972年当時、し尿処理施設では、人糞に含まれる「未消化セルロース」が処理の障壁となっていた。

セルロースとは、植物細胞の細胞壁および植物繊維の主成分で、分子式 (C6H10O5)n で表される炭水化物。未消化セルロースは浄化槽の上部に5メートルにもなる固い堆積層を作って、蓋をしてしまうのだ。

掘越はここに目をつけた。セルロース層を低減させる目的で、自らが分離した酵素「アルカリセルラーゼ」を使おうというのである。

この試みは大量生産と実地試験を成功させ、製品化の一歩手前にまでこぎつけたのだが、時代の逆風にさらされてしまう。水洗トイレの普及である。これによって掘越のアイデアは露と消えた。

しかし、このときの研究で、セルロースを「柔らかくするだけで、溶かさない」アルカリセルラーゼを何十種類も分離し、すべて特許を取得していた。

掘越弘毅掘越弘毅(掘越敏明氏提供)

これらの特許のおかげで、その後、第3のラッキーが訪れる。

1982年に花王の研究者が掘越の研究室を訪れて、掘越が持っているアルカリセルラーゼを使わせてほしいとお願いに来たのである。

最初は、何に使うかと聞いても理由を話さなかったが、掘越が「話さないなら使わせない」というと、やっと「洗剤に使う」と白状した。

掘越は、「俺のところのアルカリセルラーゼを入れたら、セルロースからできている下着が溶けてしまうぞ」というと、花王の研究者は、「だから、天然セルロースを溶かさないで、ただ柔らかくする程度のアルカリセルラーゼが欲しいのです」と答えたそうである。

アルカリセルラーゼ入り洗剤の作用機構アルカリセルラーゼ入り洗剤の作用機構(筆者提供)

花王の研究者は、好アルカリ性細菌が生産するアルカリセルラーゼを洗剤に入れて洗濯をすると衣類が白くなることに気付いたらしい。彼らは自然界から分離した好アルカリ性細菌から掘越の発見した酵素を超えるものを見つけ出そうと試みたが失敗に終わり、結局、掘越の特許を利用することにしたのだ。

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