「本は日用品。」カリスマ書店員が語る、効果的な本の売り方

気まぐれな消費者に買ってもらう
新井 見枝香 プロフィール

試験を受ける時が来たから問題集を買うことと、無性に読みたくなったから全集を買うことに、本質的な違いはない。

本を含む日用品は、それぞれの企業がシーズンを目指して様々な販促計画を練り、営業担当が各所をまわって売り場を確保する。

だが、おかげでたくさん発注が取れて、こりゃ大ヒットだぞ、と思っていたのに全く売れないままシーズン終了、なんてことはよくある。10年も本を売っているが、どうして売れなかったのか全くわからないなんてこと、数え切れないくらいあるのだ。

でも、曖昧でいい加減で、気分によって簡単に左右される相手だからこそ、商売は面白いのである。誰もが確固とした意志を持ち、何事にも揺らがない目で全ての日用品を選ぶのなら、営業も店員もいらない。リアルで必要なのはショールームくらいだ。

それなら私は受付嬢か、と思ったらちゃっかりロボットが座っていたりするんだろう。そりゃロボットのほうがいいに決まっている。

 

しなやかに、本を売る

職場のある神保町の、裏通りからちょっと入ったところに、小さな店屋がある。印鑑屋の並びで、軒先で煙草を吸う人がいるから、元煙草屋の小さな喫煙所かと思っていた。

しかしよく見ると、ちゃんと営業している雑貨屋なのだった。それも、書店の一角で取り扱う、おしゃれでこだわりのある雑貨ではなく、どこの商店街にもあった荒物屋のようなラインナップだ。

なにしろ、細い間口の横には「サッサ」という真っ黄色の化学雑巾が吊り下げられている。最後にあれを使ったのは、小学校の掃除の時間だった。乾いたまま拭うと、埃汚れがピカピカになる魔法の布だ。

母は蛍光ピンクの台ぶきんにこだわりがあったが、から拭きにはこだわりがないらしく、どこもかしこも濡れた雑巾で拭いていた。テレビの画面に残る埃の筋が気になる私は、より「サッサ」の凄さを実感していたのだろう。

埃を取るはずの「サッサ」は、しかし今、吊されたまま埃でくすんでいるように見えた。それでも、このあたりに住む人は、目と鼻の先にある「ダイソー」で似たような商品を買わずに、買い慣れた「サッサ」をそこで買うのかもしれない。

「サッサ」だけを売っても商売にならないから、店が見えなくなるほど煙草の自販機を並べて、細々と営業しているのだ。そこに私は、書店の未来を見た気がした。

現状でも、本屋は本だけの利益ではやっていけなくなっている。しかし日用品は、それに慣れ親しんだ人が生き残っている限り、ちゃんと需要がある。やっぱり「クイックルワイパー」より竹のほうきでないと、という人がまだいるのである。

私の母のように、全自動洗濯機より二槽式がいい、という珍しい人も、まだ絶滅していないのである。

本が紙でできたものであるということ、めくるという作業が必要であることを知らない人たちだけの世の中になるまで、なんとか煙草の利益でもって、やっていくのだ。

いや、書店に火は相性が悪すぎるから、煙草以外の何か、文具なのか雑貨なのか、イベントなのかわからないが、まだ誰も思いついていないだけで、何かあるはずだ。

いよいよもうだめか、と思った頃に、竹のほうきの一大ブームがやってきて、煙草の自販機を退かすことがあるかもしれない。だって消費者は気まぐれなのだから。

人々の需要によってラインナップが変わるのが日用品屋の面白さだ。

私はしなやかに本を売っていきたい。

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