「本は日用品。」カリスマ書店員が語る、効果的な本の売り方

気まぐれな消費者に買ってもらう
新井 見枝香 プロフィール

本も立派な日用品

コレクションしたCDや組み立てたロボットは、必ずしも生活に必要なものではない。だが、そもそも日用品と呼ぶ中には、趣味に関する品物が多く含まれている。

実際、「イトーヨーカドー」でいえば、食品と衣料品の売り場がはっきり分かれており、それ以外を日用品売り場と括ることができる。

だから私は、本も立派な日用品だと思うのだ。

その「イトーヨーカドー」では、新製品の食器用洗剤が、旧製品よりも安く売られていた。新機種が出ると途端に型落ちが安くなるスマホや家電とは真逆の現象である。

 

専門家が研究を重ね、新しい成分が加えられたのなら、希望小売価格だって上がっていて当然である。それでも最初から特売をするのは、使ってもらわねば良さを実感してもらえないからだ。

それなら本だって、読んでもらわねば良さは伝わらない。だが、書店側では値引きができないし、途中で値段も変えられない。

この新刊の面白さには自信がある。最後まで読んでもらえば、絶対に人に勧めたくなるのに。

そんな時は、著者にサインを入れてもらい、直筆サイン本として販売をする。安くできない分、付加価値でアピールするのだ。新刊の売り方としては、これがいちばん確実で、ポピュラーな方法だろう。

この作家のこの本、というこだわりはなく、なんとなく面白そうな本はないかな、と書店を訪れる人は多い。暇つぶしに入ったはずが、予定にない本を買ってしまったことはないだろうか。

人気作家のサイン本だけでなく、ランキング1位と書かれたPOP、原作本の横で流れる映画の予告編映像は、良さそうな日用品を日常的に探している人にこそ効く、販促手段なのである。

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消費者が気まぐれだから、商売は面白い

詰め替えたシャンプーの中身が、もはや「ダヴ」なのか「ラックス」なのかさえわからない私だが、歯磨き粉にだけは、こだわらなければならない事情があった。冷たいものが歯に染みる、知覚過敏なのだ。

知覚過敏用歯磨き「シュミテクト」は、かき氷好きの私にとって、お守りのような存在である。残り少なくなると、歯が痛くなってくるような気さえする。

だからおまけなど付いていなくても買うし、美白効果の高い「アパガード」におまけが付いていようとも、そちらになびくことはない。黄ばみより痛みのほうが深刻だからだ。確固としたこだわりで選ぶ商品については、前に述べたような販促が無効であるということが言えるだろう。

だが一方で、大多数の染みない歯を持つ人は、「シュミテクト」にこだわる必要がない。通常は、店頭で目に付くもの、売れていそうなもの、お得であるかどうかなどが判断基準になる。

私はこのようにして、アルバイト時分、社員登用試験のためのSPI参考書を、当時の自分の職場である有楽町店で購入した。SPI試験とググったばかりの人間に、こだわりなどあるわけがない。

自分の働く店で買うことにこだわったこともない。便利な場所で、比較的良さそうなものを、予算の範囲内で買う。それはまるっきり日用品的な買い方であった。

試験に合格したら捨ててしまったし、どこの出版社のものだったかも覚えていない。

その本の作り手は、多くの人に役立つ参考書を作ろうと、真剣に取り組んだはずである。各社の似たような商品が並ぶ中、「いちばん売れてます」POPを堂々と付けるに至るまで、編集にも営業にも並々ならぬ努力があったはずだ。

私だって捨てはしたが、あの本を買ったから今があるのだと本気で思っている。用が済めば不要になる問題集が、長く手元に置かれる文学全集に価値として劣るのかといえば、決してそんなことはないのである。