ドイツのクリスマスマーケットにて。こういう「宗教的意味」を込めた飾りも多い 撮影/雨宮紫苑

「学校のクリスマスイベントで宗教色をなくすべき」論争は他人事か?

宗教色、日本ならどうする? 

ドイツ在住の20代ライター、雨宮紫苑さん。『ドイツ人と日本人 比べてみたらどっちもどっち』などの著書もある雨宮さんは日本に毎年必ず帰り、日本も大好きだ。2020年には東京五輪が控え、ますます外国人のお迎えを必要とする中、ドイツで議論が炸裂したクリスマス記事で雨宮さんが思ったこととは……。

 

学校のクリスマスは宗教的であってはならない?

12月17日。クリスマスまで約1週間となったこの日、ドイツの全国新聞『Die Zeit』のオンライン版『ZEIT ONLINE』で、興味深い記事を見つけた。そのときコメントが1番多かった記事で、タイトルは『Wie religiös darf eine Weihnachtsfeier in der Schule sein?』。

日本語にすれば、「学校のクリスマスパーティーはどの程度宗教的であることが許されるのか」

この記事の筆者の友人の娘が通う学校では、毎年クリスマスパーティーを行なっているそうだ。クリスマスツリーのもとに先生と生徒が集まり、プレゼントが用意されている。しかし今年はちょっと様子がちがう。というのも、「宗教的すぎるから」という理由で、『Evangelium』を読まないことになったからだ。

『Evangelium』というのは、聖書に含まれている福音書、つまりイエス・キリストの言行録だ。クリスマスはイエスの誕生を祝う日だから、いままでは『Evangelium』にあるイエス降誕の場面を読むことになっていた。しかし今年はそれが取りやめになった、という。

筆者はこの決定に対し、「たしかに『Evangelium』は宗教的ではあるが、そもそもクリスマスはイエスの誕生を祝うものなのだから、それを受け入れられない人は祝う必要がないのでは?」と書いている。

さらに筆者は「クリスマスの背景にある歴史を説明せずともクリスマスはクリスマスだが、意味はなくなる。学校は教育の場なのだから、なぜそうするのか、どこからきたのか、どんな意味があるかなどを子どもたちに理解させるべきだ」という持論を展開した。

この記事の締めは、「あなたはどう思う? コメントしてください」だ。結果、1500件ちかくのコメントが寄せられた。ZEIT ONLINEでは500コメントいけば「かなり盛り上がっている記事」という印象だが、その3倍のコメントが集まっている。

一番上の列、右から2番目の記事が当該記事。コメント数750で1位になっている。このコメントはその後1500を超えた

「イエスの誕生を祝わずしてクリスマスは成立しない」

「ほかの宗教のもとで育った子どもだって、住んでいる国のクリスマスの歴史を知ってもいいだろう。それが子どもに害をなすとは思えない」

「伝統をなくしてしまうのは残念だ」

という人もいれば、

「公立の学校では宗教色のある祝い事やシンボルはなくすべきだ」

「祝いたいように祝えばいい」

「多様性のためには理解できる」

という人もいる。

わたしはといえば、これを読んで「そういえばクリスマスはイエス・キリストが生まれた日だって聞いたことがあるなぁ」と思うくらい、宗教にあまり関心がない。

「男女差別を感じない言い方で職業を表そう」「障害者の表現には気をつけよう」といったポリティカル・コネクトレスが進むなかで、「宗教的に配慮しよう」という考えになるのもうなずける。「この決定は必然的な流れなのでは?」というのが、この記事に対する第一印象だ。

でもそれは、わたしが日本人で、かつ信仰心をもたないからそう思うのだろう。よくよく考えてみれば、ドイツにおけるクリスマスはちゃんとした宗教行事である。それを変えてしまうということは、ドイツの伝統を変えることでもあるのだ。