小学校低学年からの「いじめ」が増えている(写真は記事の当事者とは関係ありません)Photo by iStock

私も病み、家族関係まで壊れた……「いじめの破壊力」のすさまじさ

子どもへの接し方がわからなかった

「もう、こんなことはぜったいやめてください」


 このクラスがバラバラだったので、ぼくはそれがずっといやでした。

 どうにかしたいと思って、かかわり出したら、ぼくはとてもつらい目にあってしまいました。
 
 みんなが人をきずつけたことを、だいたいの人が知らないと思います。いじめを中心になってやった人がいて、それからその人たちと一緒になっていじめをやった人がいました。そのことにむかんしんになっていた人もたくさんいました。その全体がいじめです。そしてクラスがバラバラだというしょうこです。
 
 いい人、まもってくれると思った人もいたけれど、△だったり×だったりになった人もいました。
 
 いやなことをされている時、だれかたすけてくれる人が出てくると思って、やってみたりもしたけれど出ませんでした。ぼくは本当にいやでした。きずつきました。 

 もう、こんなことはぜったいにやめてください。


これは、当時小学3年生だった私の長男がクラスの全員にむけて書いた手紙です。

私は在京のテレビ局で記者をしています。妻との間に長女と長男の二人の子どもがいますが、2年前、都内の公立小学校へ通う長男がいじめ被害に遭いました。

長男は不登校になり、いじめ後遺症に悩まされ、「死」さえ口にするようになりました。私たち夫婦は息子の命を守ることを最優先に、引っ越しを決断しました。

私は記者として、これまでいじめなど教育関係の取材も多くしてきましたが、今回、父親の立場で、いじめによる負のインパクトの大きさを初めて実感しました。

そう語るのは、在京テレビ局の現役記者である鈴木真治さん。現在中学生と小学生の子どもがいる二児の父だ。鈴木さんは、このペンネームを使い、小学生の長男が受けたいじめの詳細な経緯を一冊にまとめた『うちの子もいじめられました 「いじめ不登校」から「脱出」まで150日間の記録』を刊行。ここには学校とのやり取り、いじめ加害者の親や子どもたちとの会話まで、詳細な記録が残されている。

家族で力を尽くして長男を守り抜き、今、長男は学校に通えている。しかし、その過程で家族への「二次被害」も深刻なものとなった。今回は、子どもの世界を超えた「いじめ」の破壊力を、当事者としてお伝えいただく。
 

小2の「いたずら」から始まった

長男が受けたいじめは、「くさい」「あっち行け」「くっつくな」といった言葉の暴力が中心でした。思えば、異変は小学2年生の後半からありました。

筆箱や体操着がなくなる、運動会の練習で前歯を折る、ある時はなくなったと思っていた算数のノートが、ロッカーの裏から出てきたこともあります。明らかに「なくし物」ではなく「いたずら」だったのです。

妻はこの時点で担任教師に事実を伝えましたが、教師は行動を起こしませんでした。それどころか、管理職にも報告していなかったことが、あとで分かります。

当時の担任は、公開授業でも子どもたちを怒鳴り散らすような厳しい指導が父母の間でも問題視されていた女性教師でした。なぜこの教師が静観することにしたのかは分かりません。単にアンテナが低くていじめの発生を疑わなかったのか、それとも多忙さゆえにこれ以上業務を増やしたくなかったので気づかないふりをしたのか……。

ただ、いじめは病気のがんと同じです。早期発見と早期解決が大切です。しかし、ここでいじめの芽を摘み取るチャンスを逃してしまったのです。 

小学3年生に進級して担任が変わりました。今度は新任の若くて優しそうな男性教師です。

しかし、新学期が始まってすぐの頃から、長男は毎日ヘトヘトになって帰ってくるようになりました。そして4月中旬、私たち両親に初めていじめを訴えました。

「もうだめだ。あいつも言ってきた」

妻はその場で学校へ電話、翌日には担任に面会し、事情をはっきりと伝えました。しかし、状況はなかなか変わりませんでした。