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「民間の空襲被害者にも救済を」という声に、政府は耳を傾けるか

被害調査すらもまともになされない中で

昨年末に閉会した臨時国会では、外国人労働者の受け入れ枠を拡大する改正出入国管理法に主な政治的エネルギーが注がれ、メディアも連日報じた。その陰で、戦後の画期となり得る法案でありながら、成立どころか提出さえされなかったものもある。

第二次世界大戦の空襲で被害にあった民間人を救済する法律だ。この問題を長く取材する、毎日新聞の栗原俊雄記者が同法案ができた経緯や内容、今後の課題を報告する。

 

旧軍人には累計60兆円、民間人にはゼロ

臨時国会が終盤にさしかかっていた昨年年12月5日。国会内で集会が開かれた。「全国空襲連のつどい」。第二次世界大戦末期、空襲で被害に遭った民間人や遺族ら約100人が参加。空襲被害者や支援者らが立法による戦争被害者の救済を訴えた。だがそこに、かつて戦後補償運動をリードした杉山千佐子氏、星野弘氏の姿はなかった。

大戦では、米軍による日本本土無差別爆撃によって、およそ50万人が亡くなった。負傷者は保護者を失った戦災孤児らを加えれば、被害者は数十倍にも及ぶだろう。日本政府は1952年の独立回復後、元軍人・軍属と遺族に対する補償や援護を始めた。今日にまで及ぶその総額は計60兆円に及ぶ。一方、以前本欄で書いたように(2016年6月25日)、民間人への補償はゼロ。「国と雇用関係になかった」などと、国が拒否したためだ。

ちなみに言えば、50万人というのは空襲被害の当事者団体や研究者、メディアなどによる推計だ。政府はまともな被害調査をしなかった。「調査したら、民間人への補償に通じる」。そう危惧したからだろうか。

東京大空襲で焼け野原になった東京/Photo by Gettyimages

ともあれ、雇用関係があろうがなかろうが、戦争で被害に遭った点では同じだ。明らかな差別に納得がいかない人たちによる、国に賠償を求める訴訟が相次いだ。しかしこれも本欄ですでに書いた通り、司法は「戦争被害受忍論」によって原告の訴えを退けた。

「戦争では国民全体が何らかの被害に遭った。だからみんなでがまんしなければならない」という「法理」である。「みんな」といいつつ、元軍人軍属らには補償をしている以上、正確に言えば「民間人はみんな我慢すべきだ」というものだ。その民間人も、被害の程度は一律ではない。「みんなの我慢」の「法理」に説得力はまったくない。

この冗談のような「法理」によって、東京、名古屋、大阪大空襲とも訴訟がなされたが、いずれも地裁から最高裁判所まで全て敗訴した。ちなみに、この「法理」は空襲だけでなく、シベリア抑留や引揚者、沖縄戦の被害者たちにも使い回されている。そうした判決は多くの場合、原告たちの戦争被害を認めつつ「立法で解決すべき問題」(立法裁量論)としている。

つまり補償や援護などをするならば、しかるべき法律を作ってなすべき、という判断である。

被害者たちはいきなり司法に訴えたわけではない。行政には期待できず、政治による解決を求めて議員や政党への陳情を重ねた。その結果1973年、社会党など野党によって「戦時災害援護法案」が国会に提出された、以後14回提出され、88年まで18会期にわたって審議されたのだ。しかし成立しなかった。

政治に働きかけても事態は変わらない。被害者たちはだからこそ裁判に訴えた。ところが裁判所は立法裁量論で、彼ら彼女らをたらい回しにした。何の解決にもならず、民間人の被害だけが宙に浮いている。