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「旅する代わりに小説を書く」ーー直木賞作家・東山彰良さんの現在地

最新作『夜汐』についてインタビュー

「普通の人」の運命を書きたい

―'15年に『流』で直木賞を受賞後も、精力的に多彩な作品を発表し続ける東山さん。最新作の『夜汐』は幕末を舞台にした初めての時代小説です。

僕は、本当ならずっと旅をしていたい人間で、旅をする代わりに小説を書いているようなところがあります。

『流』も台湾、日本、そして中国へと舞台を移しながら、登場人物の青春、歴史を切り取るロードムービー的な作品ですし、僕の他の作品もいわば「ロードノベル」のようなもの。それを幕末の時代を舞台にやってみようと思ったのが、この作品でした。

幕末を描く楽しさは、西部劇に近いものがあります。つまり、馬から汽車に、日本刀から拳銃に、というように古い時代と新しい時代の分け目にあるからこそ、小説で旅をしてみたくなる時代です。

―主人公でやくざ者の蓮八は、ある事件をきっかけに謎の殺し屋・夜汐に命を狙われます。身の危険を感じた蓮八はあの新選組に身を寄せるものの、愛する女・八穂の元に向かうため脱走。過酷な逃避行が始まります。

蓮八と夜汐という架空の人物を主人公にしたのには理由があります。歴史小説というジャンルには、僕が大好きな『新選組血風録』の作者である司馬遼太郎さん、福岡の先輩である葉室麟さんをはじめ、素晴らしい先輩たちがたくさんいる。

そういうジャンルで自分が新たな作品を書く意味を考えた時に、坂本龍馬や西郷隆盛のような「歴史を動かした人物」ではなく、歴史書には残らない「普通の人」の運命を描きたいと思ったのです。

 

―物語は、吉原で遊女として働かされている幼馴染みの八穂を救うため、蓮八が賭場から大金を盗む場面から始まります。たしかに、発端は歴史に残るような大事件ではなく、江戸の街での小さな出来事ですね。

この小説の骨格は非常にシンプルで、一言で言えば「男が女に会いに行く話」です。蓮八を突き動かす、愛する人にもう一度逢いたい、自分の命よりその人のことが大切なんだ、という激情には、時代を超えた普遍的なものがある。

世界のパラダイムを変えてしまう「大きな物語」ではなく、ひとりの人間の生々しい感情や運命を描ければと思いました。