画/おおさわゆう

大学病院のエラい教授が、私生活で見せる「トホホ」な一面とは

覆面ドクターのないしょ話 第45回

大学病院で教授と言えば、大企業の重役並みの権力者だ。いや、人の命を救う仕事をしているのだから、それ以上の存在だろう。そんな偉ーい教授が、まだ若輩者だった次郎先生の診察室にこっそりやってきたという。

どんな偉い人にも、弱点はあるというお話です。

 

教授はこっそり言った「ちょっとケガしちゃってさ」

「無理ならいいんだよ」
「いいえ、教授外来へどうぞ」
「それはちょっと困るんだ」

受付で何やら患者さんと看護師がもめている。

「おーい、次郎ちゃん、いるかい?」

その患者さんが、診察室の入口のあたりから、押し殺した声で私を呼んでいる。

外来診察室から外へ出ると、年配の男性が立っていた。

「A教授じゃないですか!」

その男性は基礎研究所のA教授だった。

A教授はとても優しい先生で、授業中、学生に対して怒鳴ったことなど一度もなかった。大変腰が低く、元々出世の野心もお持ちではなかった。だから大学でも講師のままジーっとしていた。たぶん、何も起こらなければ、准教授になることもなく講師のまま定年を迎えたことだろう。

ところが、ある年のこと。別棟にある基礎研究所の教授のポストに空席が生じたのだが、適任者がいなかった。巡り巡ってA先生にお鉢が回り、とんとん拍子に話が進み、A先生は講師から准教授を飛び越え2階級特進で、教授に就任されたのだった。まるで、紀州(和歌山)徳川家の三男坊だった吉宗が、あれよあれよという間に将軍に登りつめたように。

私は学生時代からA教授にお世話になりっぱなしだった。研究の真似事もさせていただいた。

A教授は当時、なぜ私ごときの学生に優しく接してくださったのだろう? A教授の当時の状況を考えると、きっと寂しかったからに違いない。その寂しさを学生くらいにしか愚痴れなかったのではないかと思う。

A教授の昇進は、いわくつきのものだった。教授のポストが空いたら、適任者がいないなどということはまずない。普通は講師や准教授が教授選に立候補して、華々しく新教授が誕生する。

ところが今回は立候補者がいなかった。つまり人気のない研究室のポストだったのである。

A教授は自分の専門があったのだが、大学側の意向で専門外の分野の教授にさせられたのだった。わかりやすく言えば、プロ野球でクリーンナップを打っていたのが、突然Jリーグのチームの指揮を執れといわれるようなものだった。同じプロスポーツとはいえ、畑がまったく違う。傍から見れば教授に御栄転だが、本人にとっては心の重荷だったことは想像に難くない。

あまり成績の良くなかった私は、折にふれ教授室に呼ばれた。しかしA教授は怒ることもなく、優しく諭してくださった。

「なぁ、次郎、もうち~っとだけ頑張れ」
「はい、頑張ります!」
「じゃ、一杯飲むか!」

A教授は冷蔵庫からビールを出してきて、私のグラスに注いで下さった。

「この研究室の予算、バカみてぇに少ないんだぜ」
「前の研究室に比べて地味ですね」
「ビールも満足に買えねぇから、俺がバイトして医局員にビール飲ませてるんだ」

そしてA教授は酔いが回るといつも同じ話をした。

「俺は根がスケベでさぁ、医学部を卒業したら、女の股ぐらばっかり見て医者やっていきてぇなぁ、と思ってたんだ」
「ということは、女性の診療科の……」
「で、そっちの道に進んだんだけど……」
「なぜ研究者になろうと?」
「俺は結局、女の命さえ救えなかったんだ。だから研究の道に進んだってわけさ」

いくら教授になったとはいえ、A教授にとって専門外の分野での研究生活は、茨の道だったに違いない。

あれから数年経って、A教授がこっそり人目を忍ぶように私の外来を訪れたのだ。当時、私はまだ、大学を卒業して3年目の新米だった。

「ちょっと、ケガしちゃってさ。次郎ちゃん、診てくれる?」
「私が、ですか?」
「うん……」
「新米の私でよろしいのでしょうか?」

どうしたのだろう? さきほどからA教授はしきりに右の手首をかばって、左の手の平でさすっている。見るとそこには白い湿布が貼ってあった。ツーンとメンソールの匂いが鼻をついた。サロンパスだ。市販薬を使うとは、私の外来を受診するまで、A教授はよほど躊躇されたのだろうか?

「今日はうちの教授も別のブースに来ております。そちらに御案内いたしますが……」

教授という雲の上の方には、自分の科の教授外来に御案内するのが礼儀だ。

「君でいいんだ……いや、ごめん。君がいいんだ」
「私ではお役に立つかどうか……」
「お宅の教授に知られたら、みっともなくて……」

がっくりとうなだれるA教授。