マクロン大統領の炎上が「ユーロ分裂」の呼び水になる可能性

日本にとっても対岸の火事ではない
安達 誠司 プロフィール

労働市場改革と税制改革

このような厳しい経済状況の中で、マクロン大統領は、本格的な労働市場改革を断行しようと試みてきた。例えば、①解雇補償額の引き下げ②産業単位から企業単位での労使協定への転換(優先)③週35時間以上労働の容認、などである。

この労働市場改革によって、フランスの経済成長率は昨年4-6月期から上向き始めた(それ以前は前年比1%前半の実質GDP成長率だったが、マクロン就任以降は2%台半ばに上昇した)。

成長率の実績をみても、マクロン大統領によるこの改革は正しかったと思われる。だが、これらの改革はフランス国内の労働者にとっては痛みを伴うものであったため、マクロン大統領の支持率は長期的に低下傾向で推移し、8月には40%を割り込んでいた(直近のある週刊誌の世論調査によれば23%まで落ち込んだそうだ)。

今回の暴動のきっかけとなったのは燃料税の増税だったが、マクロン大統領は税制改革にも着手していた。だが、その税制改革は企業や富裕層向けの減税と庶民向けの増税(一般社会税増税と燃料税増税)という組合せであったため、もともと労働市場改革に不満をもっていた国民の我慢が限界に達し、ついに怒りが爆発したのであろう。

このマクロン大統領の税制改革も、生産拠点の立地や労働インセンティブというサプライサイドを重視した成長戦略としてはオーソドックスなものである。

前述のように、フランスの経常収支と政府債務の水準をみると、債務危機に巻き込まれてもおかしくない状況なので、マクロン大統領としては、成長率を引き上げながら、財政再建のために税収を確保しなければならない。したがって、このような、企業と富裕層に有利な税制改革も仕方ない部分があると考える。

そのため、今回の、暴動に屈する形での最低賃金引き上げ(しかも、仕組みがわからないが企業負担ではないという)は、これまでの労働市場改革に逆行する懸念がある。

 

仮に「いまここにある危機」を回避できたとしても、フランス経済の低迷を通じた雇用環境の悪化が再び始まれば、マクロン大統領の支持率はさらに急速に低下し、政治的な基盤を失いかねない。

明らかな経済失政

フランスにとってさらに痛いのは、ユーロ圏の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)が今年12月をもって量的緩和政策を終了するということである。

現在、ユーロの名目実効為替レートはユーロ発足以来、もっとも高い水準まで上昇している(ユーロ高)。一方、ドル・ユーロは2018年になってから減価(ユーロ安)しており、両者の乖離幅が広がるという珍現象が起こっている(図表5)。

実効為替レートは各国通貨との為替レートを貿易額で加重平均したものである。したがって、対ドルでみた場合にユーロ安であるにもかかわらず、対全通貨でみた場合にユーロ高であるということは、より貿易取引額の大きい国・地域の通貨でみた場合にユーロ高が進行しており、ユーロ圏にとってアメリカは主要な貿易相手国ではないということだろう。さらにいえば、暴落に近い通貨下落に見舞われている中国との貿易額が多いということになるだろう。

この名目実効為替レートでみたユーロ高はECBの量的緩和縮小によって生じている可能性が高いと考えるが、このユーロ高が、中国向けを中心とする輸出の減少に見舞われていることがドイツを含む最近のユーロ圏の輸出低迷をもたらしていると推測される。フランスもその例外ではない。

(ニュース等では米中貿易戦争の影響というが、貿易戦争をしているはずの当の中国の輸出は米国向けも含め激増していることを考えると、米中貿易戦争でユーロ圏の対中輸出が低迷するというのは奇妙である)

以上のように、ECBによる金融政策正常化の動きと財政再建重視の財政政策によって、マクロ経済政策が完全に制約を受ける中、成長のための構造改革が国民の強い反対で頓挫しつつあるフランス経済は八方塞がりの状況にある。実質成長率も直近(7-9月期)は前年比+1.5%にとどまっており、マクロン就任前の低水準に戻りつつある。

このような経済停滞期に最低賃金を上げてしまえば、雇用主である企業は雇用を抑制する可能性が高まる。これは明らかに経済失政であり、韓国の文在寅大統領の経済政策を彷彿とさせる。韓国経済の現況を考えると、フランス経済の先行きも強く懸念される状況である。

もっといえば、マクロン大統領の経済政策は、欧州統一を経済面から実現させようとする政策であったが、これが頓挫しつつある。長年、欧州統一を主導してきたドイツのメルケルの退陣、イタリアの財政危機などを考え合わせると、欧州統一どころか、ユーロ分裂の危機をもたらしかねない危険な兆候である。

先日のG20で、マクロン大統領は、ルノー・日産問題について、安倍首相に話を持ちかけたが、安倍首相はスルーしたとの報道があった。

現在のマクロン大統領はルノーに構っていられる余裕はとてもないと思われるが、よく考えてみると、「働き方改革」「外国人労働者受け入れ」「消費税率引き上げ」など、日本も対岸の火事だと笑っている場合ではないような気もする。フランスの惨状をつぶさに観察しながら、自らの政策に生かすべきではなかろうか。