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マクロン大統領の炎上が「ユーロ分裂」の呼び水になる可能性

日本にとっても対岸の火事ではない

ユーロ圏の存亡にもかかわる事態

マクロン大統領が「炎上」している。

「フランスで炎上」といえば、1966年公開の映画「パリは燃えているか」を思い出すが、この映画はフランスのレジスタンスがパリを占拠していたナチスドイツ軍を粉砕し、パリの解放を勝ち取るという感動的な内容で、マクロン大統領の炎上とはシチュエーションがまるで逆である。

現在、パリを中心として広範囲で発生しているフランスの暴動は、マクロン政権による燃料税の増税に反対する市民デモが発端となり、これが暴徒化したものである。この暴動をうけて、マクロン大統領は燃料税増税を断念するだけではなく、最低賃金の引き上げによって、デモを鎮静化させようとしている。

だが、筆者が考えるに、政策的には、最低賃金の引き上げの提示は大失敗ではなかったか。

デモを先導している集団からすれば、暴動を起こせば、自分たちに有利な譲歩案が出てくるという展開になりつつあるということになる。そう考えれば、暴動を沈静化するどころか、ますます過激な暴動を起こすインセンティブが付与されたようなものである。

そして、暴動がエスカレートして最後に警察(もしくは軍隊)によって強制的に排除するような事態になれば、マクロン大統領の支持率はますます低下し、政治的に危うくなる事態も懸念されるのではなかろうか。

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なによりも痛いのは、マクロン大統領は「構造改革」どころではなくなってしまったという点である。幾分誇張していえば、これは、マクロン政権にとどまらず、フランス経済、ひいてはユーロ圏の存亡にも影響を与えかねない重大事件になるかもしれない。

本稿では、このフランスの一連の問題を「欧州統一とユーロ」という深遠なテーマから考えていきたいと思う。

ユーロ停滞の構図の中で

そもそも、ヨーロッパにおける「ユーロ」という試みは、統一通貨ユーロを触媒(Catalyst)として、「ヒト、モノ、カネ」の自由な移動を通じて、欧州諸国の経済状況を「平準化」し、欧州諸国を「1つの国」に統合するための準備をすることを意味していた(「収斂」といわれる)。

これが実現した場合、欧州各国は米国における「州」のような位置づけとなる。そして、将来は、財政政策、政治体制を一元化させ、最終的には「欧州合衆国」として、世界の覇権を獲得するというのが欧州諸国の政治家たちが抱く壮大な「夢」であった。

 

だが、このような理想とは裏腹に、ユーロ発足後も、ユーロ圏では経済の平準化が一向に進展しなかった。その主な理由は、ユーロ参加国間で経済制度があまりにも違い過ぎることであった。そして、その代表格が「労働市場」であった。

特に、ユーロ圏の場合、ドイツに代表される「中心国(もしくは先進国)」からギリシャ、スペインなどの「周辺国」へ労働力が移転し、これらの周辺国に新たな産業基盤が形成されることが経済の平準化のためには必要であった。

だが、これらの周辺国の多くは、解雇規制に代表されるような労働者保護の規制を極めて厳格に運用しており、労働市場が著しく硬直化していた(ついでにいえば、退職後の年金も手厚い傾向にあった)。

そのため、多くの企業にとって、これら周辺国に生産拠点や営業拠点を移転させるインセンティブはそれほど高くなく、結果として、ユーロ圏内での経済の平準化は全く進まなかった。

そして、リーマンショック後の世界的な景気後退は、経済基盤が脆弱な多くの周辺国の財政状況を急速に悪化させ、これが2010年の「欧州債務危機」となってユーロ圏の問題を顕在化させた。

だが、「災い転じて福となす」で、この欧州債務危機をきっかけに、周辺国の多くは、労働市場改革を中心とした経済構造改革に着手し始めた。そして、スペインのように、労働市場改革に成功し、実質で3%を超える成長を続ける国も出てきた。

このような一連のユーロ停滞の構図の中で、フランスは、ドイツと並ぶ「中心国」の1つとして指導的な役割を果たしてきた。といいたいところだが、実態は、政治的に上手く立ち振る舞うことによって、かろうじて危機的状況を回避してきたというのが筆者の正直な感想である。