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あなたの価値を数値化する「評価経済」への違和感

連載ルポ:お金の正体⑤
作家・海猫沢めろんさんがお金にまつわる素朴な疑問を専門家にぶつけてまわる、魂の「お金ルポ」第2弾。前回に引き続き、エンジニアの小飼弾さんにお話をうかがった。「評価経済ってどうなんですか?」。小飼さんの答えは意外なものだった…。

→前回はこちら https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59037

お金の「価値」はどこで決まるの?

こういう話を読んだことがある。

冒険家の石川直樹さんがブータンに行った時に、ヤクの毛でつくった服を着ているひとに、格好いいから取り替えようと取引をもちかけた。

彼はそのとき北極圏でも耐えられるジャケット着てたらしいのだが、取引が成立しない。「なんだその安物、そんなの、俺らの毛皮のほうが良いに決まってんじゃん」と言われ、全然価値が一致しない。

そもそも、取引というのは物と物の価値が釣り合えばなんでもいいわけだが、そこが難しいのではないか。

つまり、ぼくが気になっているのは「価値」というのがどこからやってくるのかという根本的な疑問だ。

小飼: それはですね。価値が一致するというよりも、二者が同意すれば、交換というのは成立するんです。

——えっと、つまり、最初にピザ一枚と交換が成立した瞬間にビットコインの価値が決まったように、人と人の合意だけがあると……。

小飼: オノ・ヨーコが腐ったりんごを500ドルでジョン・レノンに譲るっていうのと同じですよ。

——買うヤツがいればいいと。

小飼: そうです。どっちが価値の本質なの? と言われるとすごい困るところなんですけど、どちらが値段に対して決定的な要因かというと、合意なんですよ。ある意味、株式の市場というのも、明確な「この値段」と決定されるのって、まさにそういう合意によって成り立つわけです。

でも例えば、オノ・ヨーコの例でいうと、合意をした人は「オノ・ヨーコというアカウントが出品してたから」という権威を計算に入れている。そうなると、純粋にモノの価値じゃなくてヒトの価値の問題も入ってくるわけで……信用できない人がやると詐欺の可能性もあるのではないだろうか。

小飼: そういうのもちゃんと価格には折り込まれているわけですよ。折り込まれているというふうに考えるんです。

折り込まれている? むむむ……どういうことなのだろう?

 

小飼: たとえば土地を売ったとしましょう。でも、そもそも土地って人類が作ったものかといったら全然違うじゃないですか。何かを持っているというのは、一体どういうことなのかということまで考えを進めざるを得ないわけですよね。

——そうですね。

小飼: 根っこを辿っていくと、最初は暴力で勝った方が所有したということだったりするかもしれない。けれども、暴力を商取引に替えることによって、流さなくていい血を流さずに、壊さなくていいものを壊さずに済んできたということもあるわけです。お金で殴り合うのは、拳で殴り合うよりはまだマシなことでもある。だからそこでのルールはより厳しくなければいけない。つまり、商取引が盛んになればなるほど、むしろ信頼というか信用が重要になってくる。

つまりこういうことだろうか。

両者の合意で「価値」が決まった時点で、それはもう「騙されている可能性も含めての価値」であると。

この世界にあるものはそもそもが誰のものでもないわけで、所有するといってもどこかの時点で誰かから奪ったものかも知れない……そういうこともよく考えて「価値」に値段をつけるべきなのだ。

なるほど……そうか、普段ぼくらがそこまで考えてモノにお金を払っていないのは、お店にある商品のことを「信用」しているからだということに気づいた。信用というのはおおげさなものではなく、「日常で当たり前になっていること」でもあるのだ。

「信用」というものがいかに重要なのかようやくわかってきた。