2018年はなぜ「パワハラの年」だったか〜世代と戦争経験で考える

古い精神主義が排除されていった一年
堀井 憲一郎 プロフィール

「ゆとり、なめんなよ」

かつて、1970年代は軍隊的な規律を求める志向のうえに、左翼的な「みんな平等に」思想が覆い被さって、「突出した才能を別格扱いして育てる」ということに重きをおかれなかった。ときにはまったく顧みられなかったのだろう。かなり酷い状況である。オリンピックであまりメダルが取れない時代が続いていた。

個人を大事にする社会になって、それは変わっていった。

しかしまだ、スポーツ指導の現場では、昔ながらの体質が残っていたのだ。

 

指導者たちは、自分たちも変わったと信じていたはずである。いまさら1970年代のような画一的な指導をしている現場はないだろう。しかし、どこかにそれが出てきてしまう。個々に対応しているつもりでいても、ゆとり世代から見れば、まったく個人を無視しているように感じられることがあったのだ。

それをきちんと排除していこうというのが2018年の動きだった。

古い体質を、変えられる時代になった。

「ゆとり世代」ならではの動きは、これからもいろいろ出てくるとおもう。

けっして彼ら彼女らは、言わないだろうけど、「ゆとり、なめんなよ」という心持ちでいてもらいたいとおもう。