2018年はなぜ「パワハラの年」だったか〜世代と戦争経験で考える

古い精神主義が排除されていった一年
堀井 憲一郎 プロフィール

「戦争経験」という重要なファクター

後年になって気づいたのだが、これは、軍隊の方式ではないのか。

運動部伝統の上下関係なり、しごきなり、水飲み禁止なり、連帯責任というのは、それは1945年まで我が国に存在していた軍隊で採られていたシステムからの流用ではないか。軍隊方式が運動部にも用いられただけだった気がする。

1970年代は戦争は遠くなかった。軍隊にいた人たちが、ふつうにいた。

わが国は1945年(昭和20年)までは、国民男子は全員、兵役に就くことになっていた。

さまざまな事情で免除される者もいたが、基本は国民皆兵である。男子であるかぎり軍隊に入り訓練を受ける。

〔PHOTO〕Gettyimages

徴兵年齢は、最後の段階では満19歳である(ずっと満20歳だったのだが、戦争中に一歳引き下げられた、世界を相手に戦争を始めたので兵士が足りなくなったようだ)。

1945年(昭和20年)夏の時点で満19歳だったのは1926年(大正15年)生まれの人たちである。大正最後の年だ。先の大戦の日本軍に徴集されていたのは大正生まれの若者だった。

昭和の戦争だったから、何となく昭和生まれの人たちが戦っていたようにぼんやりと考えてしまうが、あの世界大戦で戦っていた中心は、大正生まれの若者たちだったのだ(明治の最終年(1912年)生まれの男子は当時33歳なので、もちろん召集されていたはずだが、主力は大正生まれの若者である)。

 

1970年、つまりいまのスポーツ指導者が中学生になったころ、この「実際に軍隊経験をした世代」は現役だった。最後の徴兵年代1926年生まれがまだ44歳である。それより上の人たちは、実際に戦地に立ったり、軍隊での訓練を経験した世代である。その人たちががっちり社会を作っていた。

だから運動部の訓練は軍隊式であり、誰もそれに異議は唱えなかった。

戦場では油断が死を招く

そもそも水を飲むな、というような命令はたぶんに軍隊の訓練のようにおもう。スポーツを中断して水を飲んでも死ぬことはないが、戦場でうかうか水を飲みに行ってしまうと、あっさり殺される可能性がある。

戦場では喉が渇いても自由に水を飲めるものではないから、日ごろから飲まなくてもすむように鍛えておけ、という指令はわかる。それがそのまま運動部の練習に流用されたのだろう。

また規律的で、そろって行動できるように訓練しておかないと、軍隊は危うい。一人の勝手な行動で小隊が全滅することはふつうにある。だから命令ひとつで、みな、同時に動く。

それもまた体育会系の練習に適用された。管理側は、たしかにそのシステムのほうが楽である。

2018年にパワハラで摘発された指導者側は、その軍隊精神をもとにした練習で育った世代である。

明治以降、だいたいその方式でやってきた。運動部で練習をする若者はどうせ軍隊にも行くのだし、同じ方式でやっているほうが教えるほうも、教わるほうも楽だったのだ。それが強固なシステムになっていた。