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2018年はなぜ「パワハラの年」だったか〜世代と戦争経験で考える

古い精神主義が排除されていった一年

パワハラ問題に明け暮れた1年

2018年は、スポーツ界でのパワーハラスメントが話題になった。

レスリングの伊調選手の問題。日大のアメリカン・フットボール部の無謀タックル問題。

アマチュア・ボクシング会長が選手の助成金を不正流用問題。女子体操の宮川選手のパワハラの告発。などなど。

ほかにもいくつかあったが、次々と「スポーツ指導者が権柄づくで選手を指導する姿」が問題になった。

いくつもそういう告発がなされたということは、スポーツ界だけの問題ではなく、社会そのものが抱えている構造の問題なんだとおもう。

 

指導者世代がふつうの感覚でおこなっている指導が、アスリート世代にとってはあまりに非常識なものだったのだ。あっさり言えば、55歳の人が当たり前だとおもってやっていることが、20歳の人間にとってはこの世のものとはおもえない悪行だと感じられる、ということだった。

告発されている指導者側は、50代から70代であり、声をあげた現役のアスリートたちは、10代から30代である。この二つの世代には大きな行き違いが起こりやすいようだ。

問題を起こした指導者側は若いほうで、1960年生まれあたりである。

実際に現場に立っているコーチなどはもっと若い世代が多いだろうが、今年問題になったような「責任のある立場」の人たちは、この年齢よりも上が多い。

「精神主義」に染まっている世代

このへんはどういう世代なのか。

1960年生まれを基準として考えてみる。

中学高校時代に、どういう指導を受けていたか、というのがやはり大きいとおもう。

1960年生まれの人が中学に入ったのは1973年で、高校卒業は1979年になる。

彼らが中高時代を過ごしたのは1970年代(ないしはそれ以前)である。

このころの運動部は、精神主義だった。

練習中の水飲みは禁止だった。

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誰もそれが間違っているとは言わなかったので、みんなで守っていた。ときどきズルをして飲んでるやつがいると、みんなで責めた。何だかいろんなことが間違っていたけれど、全員でそろって間違っていたので、誰も何ともおもわなかった。

私も中高と運動部にいたが、練習中は水は飲まなかった。高校のときのサッカー部では部活練習中に休憩というものがいっさいなかったので、水を飲むも何も、水場に近づくことさえなかった。夏のランニング中に後輩が一人泡を吹いてぶっ倒れたが、べつだんさほどの問題にもならなかった。そういう時代であった。