ラーメン二郎のスゴさは「スープ最重要視」の風潮への抵抗にあった

「情報を食う」世界へのアンチテーゼ

ラーメン二郎が人気なのは、いまどきのラーメンではないところにある。

「うまいかまずいか」の判断外にある、というのがひとつ(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58532)。

もうひとつには「スープが最重要視されていない」というのがあるとおもう。

ラーメン二郎では、スープを最重要視していないのだ。

二郎は、強烈なラーメン店なので、そのラーメンをどうとらえるかは、さまざまである。どうしても個人的な嗜好をもとに解釈するしかない。本稿はどこまでも二郎好き個人の感覚をもとに書いており、ラーメン二郎の意向を反映したものではないし、また二郎ファンの代表意見でもない。あくまでひとつの解釈でしかありませんのでそのおつもりで。

 

いまどきの風潮に「否」!

ラーメンの構成要素は「麺」と「スープ」と「具材」である。

このなかで「具材」は、ときに省かれることもある。自宅でインスタント袋麺を作ったときは何も入れなかったりする。それは「なんだかさびしいラーメン」ではあるが、ラーメンではないわけではない。つまり、具材はなくてもラーメンは成り立つ。

ラーメンの基本は「麺」と「スープ」である。

このどちらが大事であるかを考えたとき、ラーメンに対する世界観がわかる。

いまどきはどうも「スープのほうが大事」という風潮が強いようにおもう。

そのいまどきの風潮に対して、二郎は「否」という力強い反応を示している。

私はそのように感じ、それがまた人気のひとつではないか、とおもっている。

二郎で出されてくるラーメンは、スープが目立たない。

スープが見えにくいし、そんなに多くない。

ラーメン二郎では、麺がどがーんと入っていて、野菜がどごーんとのっかっていて、ブタ肉がだーんとおかれているため、スープがあまり見えない。比率も低い。

「まずスープから味わう」という美食家ふうの振る舞いがやりにくい。蝶ネクタイをした美食家には似合わないラーメンである。

たとえば二郎本店でそれをやるつもりなら、野菜よけて、ブタ肉と麺をおさえつけて、なおかつ丼を傾けて飲まなければいけなくて、そんなことしたら北大西洋上で沈みつつあるタイタニック号の甲板の荷物のように具材がどんどん落下してしまう。やめたほうがいい。