「我、フォッサマグナを射抜かんとす」地質学会が大地震に遭遇したら

巨大地溝の「急所中の急所」に挑戦して
藤岡 換太郎 プロフィール

フォッサマグナがどうしてできたのかを考えるには、日本海を拡大させたものは何かという問題を解決しなくてはならない。しかし、これにはいくつもの説が並び立っていて、いまだ決着がついていないのだ。フォッサマグナの鵺たる所以である。

ある程度有力視されているのは、地下からのマグマが古日本海の底を引き裂いて拡大させたという説だ。私もそう考えている。

しかし、このマグマ説は、マグマの起源をどこに求めるかによってさらに二通りに分かれる。

一つは、海溝から沈み込んだプレートから放出される水の作用で地下のマントルが部分的に融解してマグマができるという考え方で、これによって海溝のそばに島弧ができるので「島弧マグマ起源説」という。

もう一つは、マントルの深部に存在して地下を移動しているプルーム(「煙」という意味)が高温のスーパーホットプルームとなって上昇し、大量のマグマをもたらしたとする考え方で、これを「プルーム起源説」という。

プルームが比較的新しい概念であり、地表のどこにでも出てこられるという場当たり的な曖昧さもあることから、研究者の間ではいまだに島弧マグマ起源説のほうが優勢である。しかし、私はプルーム起源説を採用した。以下の理由から、どうしてもそう考えざるをえないのである。

日本海の海洋地殻や海洋プレートは、日本海拡大のときに噴き出したマグマによってつくられた。その体積の総和は、日本列島そのものの体積の数倍にもなる。これほど莫大なマグマをまかなうには、マントルの部分融解では到底足りず、スーパーホットプルーム以外にはありえない。

さらに、日本海の拡大はわずか200万年ほどで終わっている。もしマグマがプレートの沈み込みによるものなら、沈み込みはいまも続いているのだから、日本海はいまも拡大を続けているはずだ。拡大が200万年で止まったのは、プルームによるマグマが枯渇したからと考えなければ辻褄が合わないのだ。

フォッサマグナの急所をめがけて

こうしてフォッサマグナの成因について、先行研究にいくばくかのオリジナリティは盛り込んだのだが、実はこれだけではまだ、鵺を射抜いたことにはならない。

何枚ものプレートがひしめく日本列島のど真ん中に位置する巨大地溝フォッサマグナは、非常に不安定な地形でもある。いつ崩壊してもおかしくなかったのだ。事実、世界中を探しても、フォッサマグナと似たような地形は現在までに見つかっていない。それなのに、なぜこの怪物は1500万年もの間、その姿を保っていられたのだろうか。この謎こそが、フォッサマグナの急所中の急所なのだ。

しかし、私にはそのような問題はあまりにも難しすぎて、言及するつもりはなかった。ところが編集の山岸さんは仮説でいいから書いてほしいと言う。

以前に上梓したブルーバックス『川はどうしてできるのか』で私は、天竜川がかつてはロシアのウスリー川とつながっていたのではないかという大胆な仮説を披露した。あれはとても面白かった、あのような試論でよいから先生が思ったことを書いてほしいと無茶なことを言ってきたのだ。

私にも自分なりの考えはあった。逡巡したのち、腹をくくった。思いきり弓を引き絞り、「ここからが試論中の試論、『漫画』以上に荒唐無稽な話です」と前置きして、ままよとばかり、矢を放った。

それは日本海と太平洋にある二つの「三重点」が、フォッサマグナを軸につながり、あたかも超新星とブラックホールのように作用しあうことで絶妙の平衡が保たれているという、もはや「想像地質学」とでも言うべき代物だった。

はたして矢は、鵺を射抜いたのだろうか。いずれにしても、予想もしなかった多くの人の目にさらされている拙著の、この部分に関しては批判らしい批判が現在まで私の耳には届いていないことに、やや安堵している。

松尾大社にて

心残りをあげればきりがない。なかでも、フォッサマグナのような地形がほかにも世界に存在するのか否かについて、十分に調べ尽くしたとは言えないのは悔やまれる。

地質学的時間でいう過去には存在していたはずであり、もともとフォッサマグナを日本に見いだしたのもドイツ人であるのに、海外の研究者が関心を持つことはほとんどなく、論文はきわめて少ない。精査するには膨大な時間が必要だ。日頃からそうした努力をしておくべきだったのだ。札幌で地震に遭遇したときには、さぼっていた罰が当たったかという思いも頭をかすめた。

もし拙著のこの部分がどこかの英文の雑誌にでも紹介されれば、海外の研究者が注目するきっかけになるかもしれないのだが。

『フォッサマグナ』出版からひと月半が過ぎた10月初旬、京都へ巡検に出かけた。天王山に登り、桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となる「三川合流」を見たあと、日本最古の神社の一つとされる松尾大社へ詣でた。

そこに「樽うらない」というものがあった。弓矢を酒樽の中の的に当てると景品がもらえるという。仲間たちから「平成の源三位!」と囃し立てられ、私が挑戦する羽目になった。

2本は外した。それで終わりという決まりだったが、巫女さんの目を盗んでもう1本射ると、みごとに的中し、歓声が上がった。はたして私は、源三位頼政になれたのだろうか。