「影の総理」野中広務はなぜ権力闘争を挑み続けたのか

強面の政治家が生涯、守り続けたもの
菊池 正史 プロフィール

戦争に生き残った者の使命

そういう時代を招来したことは、妥協と調整に時間をかけた野中世代の政治に苛立ち、「決める政治」をもてはやした我々メディアの責任でもある。

だからこそ私は、野中の死をきっかけに、いったん立ち止まりたい。日本の政治の過去と現在を静かに深く考えたいのである。

世界は動いている、敵が攻めてくる、立ち止まっている場合ではない。そんな強迫に駆られた時代がかつてもあった。

日中戦争から太平洋戦争に突き進んだ戦争の時代である。既成事実に追従するだけの政治が辿り着いたのは、昭和20年の敗戦だった。

「あの戦争に生き残り、生かされた私の使命は、二度と戦争を起こさせないことだ」

兵士として召集され、生きて帰った野中は常々こう語り、敗戦という歴史の真実を、斃れるまで叫び続けた。300万同胞の命を犠牲にして得た教訓を、野中は必死になって次の世代に手渡そうとした。

その謦咳に接してきた政治記者の一人として、私は、野中の生の軌跡と残した言葉を検証し、書き記しておきたいと思うのだ。

 

野中を引退に追い込み、「安倍一強」の生みの親となった小泉政権が発足してから、間もなく18年が経とうとしている。

日本の政治風土には、敵味方を峻別する「強いリーダー」による政治運営が定着した。「強いリーダー」を、役人たちが「忖度」し、そこから「小さな悪や腐敗」が芽を出し始めた。

かつて、ある安倍の側近が私にこう言い切ったことがある。

「なぜメディアは安倍を批判するんだ。安倍が間違った判断をするはずがないじゃないか」

だが、権力者が間違わないという保証が、いったいどこにあるのだろうか。

今、多くの人々から戦争の記憶と教訓が薄れつつある。しかし、時の政府が、再び国民の命を巻き込んで犠牲にすることは、絶対に許されない。

野中が生きた、昭和と平成という時代が終わろうとしている。今こそ私は、勇気をもって過去を振り返り、もう一度、野中が伝えようとした戦争の記憶、歴史の教訓を思い起こしたい。

戦争体験を起点にして、野中という政治家の道筋を辿り直してみたい。そうすることが、芽吹き始めた腐敗の芽を摘み取る意識を養い、戦争に向かう潮流をせき止める力になると信じるからである。