「影の総理」野中広務はなぜ権力闘争を挑み続けたのか

強面の政治家が生涯、守り続けたもの
菊池 正史 プロフィール

「君らの向こうには国民がいる」

数日後には分かるのだが、野中は夜回り取材の際、リクライニングチェアでくつろぎながら話をする。いったん、そこに身を預けたらほとんど立ち上がらない。

したがって、後から加わる記者は、勝手に上がり込むのが慣例だった。それを知らなかった私は、反応がないので、さらに「失礼します」と声を出した。

すると、トレーナー姿の本人が出てきた。

「なんや?」

見慣れぬ記者が、玄関で挨拶したまま上がってこないのを見て、訝しげな眼差しだ。
やはり怖い……だが仕事である。新たに担当になったことを告げて、名刺を恐る恐る差し出した。すると、

「ああ、そうすか。こちらこそよろしくお願いします。どうぞ、中に入って」

丁寧に名刺を受け取りながら、テレビで聞いたとおりの甲高い声で挨拶を返してきた。

「ビールはここだから。どうぞ」

私は言われたとおり冷蔵庫からビールを出し、話の輪に加わった。本人に、こんなに簡単に会えたことに驚いた。そして強面のイメージとは真逆の、自然体で礼儀を心得た物腰に感動すら覚えたものだ。

「大物」の中には、新米記者とはまともに付き合わなかったり、気に入らない質問に怒り出したり、傲慢に振る舞ったりする政治家も少なくなかった。そういう相手に頭を下げ、あの手この手で懐に入り、情報を引き出すのが政治記者の仕事である。

しかし、野中は駆け出し記者の質問にも真摯に答えた。答えられないことには「知らん」、「言えません」と返した。

記者にとっては、野中が「言えません」と言うことも、一つの情報だった。なぜ「言えない」のか。それを考えることから政局の断面が見えてくることもあった。

「君らの向こうには国民がいる」

野中はそう言って、毎日続く我々の「夜討ち朝駆け」に誠実に付き合った。

そんな野中のトレードマークは肌身離すことのなかった携帯電話だ。携帯電話が普及しはじめた時期である。政局の動き、選挙情報など、野中から直接、記者たちに電話をかけて情報収集をすることもしばしばだった。

「自分は信頼されている。野中に食い込んでいる」

そう思い込んで、ますます野中にのめりこむ記者が各社に数人はいたものだ。

醒めた見方をすれば、政敵を身ぐるみはぎ取るような情報戦を仕掛け続けた野中にとって、記者という存在は、ある意味、操縦しやすく、利用価値のある「味方」だったのだろう。

しかし野中は、記者に限らず、官僚や組合、各種団体、企業関係者などにも、丁寧かつ対等に接し、威張ることがなかった。権力の階段を上がっても、その姿勢は変わらず、どの業界でも「野中人気」は高かった。

 

守り続けた「戦後保守の精神」

野中の政治が弱者への視線を失うことがなかったことも、「野中人気」の大きな要因だったと思う。自ら重度障碍者授産施設を設立運営し、要職を務めながら足繁く地元へも足を運び、当事者たちの声に耳を傾けた。

旧日本軍が中国各地に遺棄した化学兵器とその被害者救済の問題、旧植民地出身の日本軍軍人、軍属への補償など、戦後処理への真剣な取り組みも、戦争被害者という弱者への思いなくしては継続できなかっただろう。

硬と軟、恫喝と懐柔――野中の政治は大きな振幅を抱え、それは解決されえない矛盾とも思えた。

これから詳しく振り返るが、その政治手法は、敵を排除して味方を優遇するという、現在では当たり前になってしまった単純な二元論では説明しきれない、複雑さをはらんでいた。

小沢一郎や公明党との関係が象徴するように、敵は時として味方となり、刻々と変化する政治状況の中で理想と現実は融通無碍に交錯し合う。

野中の政治家としての終盤には、人々が複雑さより単純さを求める時代が訪れていた。

困難よりも安直が、経験よりも独断即決が追求され、わかりやすさと利便性が絶対の価値として定着しつつあった。

複雑に、幅広く揺れ動いた野中の政治は、もはや否定されるべき対象であり、実際に「ヌエのようだ」と揶揄されるようにもなったのである。

合理性の対極にあるような、正体の見えにくい野中の政治で、唯一、貫かれたものがあるとすれば、それは「二度と戦争はさせない」という信念であったろう。野中は2009年12月に都内で行われたシンポジウムで、「保守とは何か」と問われて、こう答えている。

「守るべきものは、やはり平和であり、そして反戦であり、そして国民を中産階級の国民にしていくということではないでしょうか」

この言葉には、戦後保守の精神が凝縮されている。

この精神を貫徹するためにこそ、野中独自の可変性と複雑性が必要とされたのであり、そもそも政治とは複雑な世の中を治める、極めて成熟した大人の仕事なのだということを、この書において解き明かしていきたいと思う。

野中が政界を引退して以降、政治は、常に「敵」をあぶり出し、それを徹底的に叩くという単純な手法によってリーダーシップを演出している。

「敵」を罵倒し、議論を通じた妥協や調整を軽視し、自分がやりたいことは独断で全部やり切る。そんな政治が新たな「決める政治」として支持される時代となった。