なぜ中国の地図には「国境線」が書かれていない場所があるのか

日中の最前線「琉球弧」の島々をゆく
青山 潤三 プロフィール

地図から読み取れる「中国の思惑」

以前から筆者が非常に気になっていることがあります。中国では、たとえどんなに小さな(いわゆる「イラスト」や「カット」に過ぎないような)地図にも、南沙諸島とその先の国境線が、たいてい本土とは別枠を設けて必ず表示されています。その徹底ぶりは、感心を通り越して、思わず笑ってしまうほどです。おそらく、あらゆる「地図」は、そのようになっていないと当局に認められないのでしょう。

一方、中国側が「自国の領土」と、あれだけ強く主張している尖閣列島と南西諸島の間には、国境線の引かれている地図がほとんど見当たりません。むしろ「そこには国境線を引かないように」と国が推奨しているのではないかと思えるほど、適当なのです。南沙諸島における徹底ぶりとは、対極的です。

中国側の複雑な思惑を勘繰りたくもなります。例えば、「尖閣諸島は大陸棚上にあるという事実から、自国の領土であることの自信を持っていて(地史的にも客観的にみて中国領とすることには無理がある南沙諸島と違い)、あえて主張する気はない」のか。または「相手が日本という大国であるため("卸しやすい" 東南アジア各国とは対応を変えて)慎重になっている」のか。はたまた「将来、領土圏の主張をもっと東に張り出すために、今はあえて明言しない」のか…。杞憂なのかもしれませんが、一応このことは覚えておいてもいいような気がします。

 

ふしぎな「伊平屋島」

琉球弧内帯の無人島は、政治的にも生物地理的にも興味深い島々が多いのですが、有人島にも興味深い島が少なからずあります。例えば、以前「ハラン」について書いたとき紹介した三島列島黒島(鹿児島県三島村)。ここともう一か所、筆者が注目するのが、沖縄本島の西北に対峙する伊平屋島(沖縄県伊平屋村)です。

第二次大戦後にアメリカ統治下に置かれ、1972年に日本へ復帰した沖縄県の範囲は、北緯27度以南、とされています。しかし、実は一つだけ、北緯27度よりも北に位置する「沖縄県の有人島」があります。それが伊平屋島です(無人島を含めれば、前述の硫黄鳥島が沖縄県の北限)。

沖縄本島周辺の島としては、かなり大きな島で、面積は久米島、伊江島に次ぎます。本島の属島とも言えそうな伊江島より面積はわずかに狭いのですが、海岸線長や標高は倍近くあり、実質的に、沖縄県側中琉球の島としては、沖縄本島、久米島に次ぐ大島と言ってよいと思います。

伊平屋島は、沖縄県の他の島々と比べて一風変わった、沖縄らしからぬイメージの島です。なんといっても、観光客が少ない。ただし、サンゴ礁に覆われたマリンブルーの海は、どこにも負けない美しさです。

伊平屋島の海岸から賀陽山を望む(筆者撮影)

地形は南北に細長く、同じような間隔で山々が7~8個連なっています。山と山の間の平坦地には、沖縄としては珍しい水田地帯が広がっていたりします。

筆者のこの地域での主な探索対象は、昆虫ではツクツクボウシ属、植物ではアジサイ属です。ツクツクボウシ属の一種のオオシマゼミは、素晴らしく美しい声をもつ中琉球(沖縄本島、久米島、奄美大島、徳之島など)の固有種で、伊平屋島産は鮮やかな青緑の体色をしています

野生アジサイの一種トカラアジサイは、北琉球から中琉球にかけての南西諸島に広く分布しています。が、なぜか種子島、奄美大島、沖縄本島には分布していません(屋久島と石垣島・西表島には近縁種が分布)。

ことに、中琉球における分布パターンは不思議です。奄美大島と沖縄本島に分布しないのに、その間の徳之島と沖永良部島には分布し、さらに沖縄本島北部(全く別の野生アジサイ「リュウキュウコンテリギ」が分布)の西方に対峙する、伊平屋島に出現するのです。つまり、島を「飛び石」のようにして分布している植物なのです。

最初は、その記録自体が何かの間違いでは?と思っていました。とはいえ、トカラアジサイに関する資料はほとんどありません。自分で確かめに行くしかないのです。

そこである年の夏、セミの調査のついでに、伊平屋島の隅々までチェックしてみることにしました。トカラ列島には、トカラアジサイが集落の周辺にも数多く生えている島もあるのですが、この島では集落周辺はもとより、山中のトレッキングコースなどにも見当たりません。そこで、一般の人々は普段訪れることのない、島の最高峰・賀陽山(294m、沖縄県の山としては珍しく山名に「山」が付く)に分け入ってみることにしました。

オオシマゼミの鳴き声が響く鬱蒼とした照葉樹林に入り、渓流沿いの踏み跡を慎重に進んで(この島にはハブがいます)、頂上に向かう急峻な山肌に取りついたところで、純白の大きな装飾花を纏ったトカラアジサイが姿を現しました。

対岸の沖縄本島北部に分布するリュウキュウコンテリギとも全く異なります。全体的な印象は、屋久島や中国大陸産の近縁種に共通するように見えなくもありません。

比較的近い産地の、沖永良部島や徳之島では、個体数が極めて少ないのに対し、この賀陽山には非常に多く見られます。トカラアジサイ(やその近縁種)が普遍的に見られる、トカラ列島や屋久島、八重山諸島、さらには中国大陸東部のどの地域からも遠く離れた伊平屋島に、この植物がどのような経緯を経て渡ったのか、今後、各地産の比較や、DNA解析を行うなどして、解明していきたいと思っています。

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