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ある《民主的な》辞典について――フローベール『紋切型辞典』を読む

「ひとたび読めば、口が利けなくなる」

「紋切型辞典」とは何なのか

1985年というから30年以上も前に執筆された『物語批判序説』は、ギュスターヴ・フローベールの『紋切型辞典』(Le Dictionnaire des Idées Reçues 小倉孝誠訳、岩波文庫)を無心に読むことから始まっている。

あるいは、まだこの翻訳が日の目をみるより遥か以前から、さまざまなかたちで、多くの場合はフランス語でその『辞典』を何度もくり返し読むことが、いつの間にか『物語批判序説』を書かせてしまったというべきかも知れない。

その意味で、この書物は、読むことと書くこととのほとんど媒介を欠いた運動に導かれ、確固たる構想もないまま書かれたものだといってよい。

もちろん、作者の書簡に目を通し、『紋切型辞典』に触れている部分を精読することはしていた。だが、「全体として散弾のような恐るべきものになる」とされている『辞典』については、全編を何度もくまなく読んでおかねばならない。

では、本来なら、必要に応じて語彙の検索の対象となるのが普通の「辞典」なるものを、ひたすら読み続けるとはどういうことなのか。それは、この「辞典」が、浩瀚な書物ではないからだ。

実際、アンヌ・エルシュべール・ピエロ校閲のポケット・ブック版ではたかだか80頁ほど、充分な余白をとって印刷された翻訳の文庫版でも250頁にみたないほどのものなのである。

しかも、それを読むとは必ずしも通読を意味してはいない。好きなページを開き、そこに見いだされる項目を好き勝手に読むことを習慣化すればそれでよい。

ギュスターヴ・フローベール

フローベールは19世紀のフランスに生まれ、第二帝政期から作家活動を始めているので、『紋切型辞典』はその時期に構想され、その後に書きつがれたものである。その項目はアルファベット順に列挙され、その邦訳はアイウエオ順で印刷されている。

日本語版のア行の項目は、本来Gの項目に分類さるべき「アイスクリーム(glace)」から始まっており、「食べるときわめて危険」という、食品産業の擡頭期におけるこの乳製品の引きおこしがちな中毒について語られている。

だが、この項目にふさわしい読み方は、書かれている事態の正しさの吟味とはいっさい無縁に、フローベール自身も足繁く通ったイタリア街のトルトニ亭のような最新流行のカフェで、華麗に着飾って人目を惹く男女がそう口にしながら、何の脅えもなくアイスクリームを優雅に賞味しあっている光景を思い浮かべることにつきている。

いうまでもなく、「紋切型」とはとりあえずの翻訳にすぎず、「誰もが容認するさまざまな考え方」とすることもできよう。「これによって、ぼくは近代民主主義の平等思想と、偉大な人間は無用になるだろうというフーリエの言葉の側にたつことになる」というフローベールの言葉通り、これはきわめて《民主的な》書物なのである。