そして「生命2.0」への道(前編)

生命1.0への道 第16回
藤崎 慎吾 プロフィール

選べたかもしれない「エネルギー通貨」

「生命1.0」は4種類の核酸塩基を使い、そのうちの3種類の配列で遺伝暗号をつくり、20種類のアミノ酸だけを利用している。この「4」「3」「20」という数字にどうして落ち着いたのか、あらためて考えてみると不思議だ。これが必然だったのか、偶然だったのかは、これらの数字を変えた生命が誕生するか(つくりだせるか)で、わかってくるかもしれない。すでに述べた通り、どうやら今の情勢では誕生してしまいそうな気配だ。

そういう意味で生命には、もう1つ不思議なことがある。我々が主要なエネルギー源、あるいは「エネルギー通貨」として、主にATP(アデノシン三リン酸)を使っていることだ。

ATPの「アデノシン」は、実は冒頭に出てきた「ヌクレオシド」の1種である。これにリン酸がくっつくと「ヌクレオチド」になる。一方でヌクレオシドは、核酸塩基とリボース(糖)が、くっついたものだ。アデノシンの場合は、アデニンとリボースの化合物である。

他のシトシン、グアニン、チミン、ウラシル(RNAの場合、チミンの代わりにウラシルが使われる)といった核酸塩基も、リボースがくっつけばヌクレオシドになり、さらにリン酸がくっつけばヌクレオチドになる。これらが長くつながって、DNAやRNAなどの核酸ができるのだ。

アデノシンにリン酸が1つくっついたヌクレオチドは「アデニル酸」だが、「アデノシン一リン酸」とも呼ばれ、しばしば「AMP」と略される。このAMPに、さらにもう1つリン酸がくっつくと「アデノシン二リン酸」となり「ADP」と略される。そしてADPに、またもう1つリン酸がくっついたもの、それがアデノシン三リン酸すなわちATPだ。

つまりATPと核酸は親戚関係にある。これはシトシンのヌクレオシドにリン酸が3つくっついた「シチジン三リン酸(CTP)」や、グアニンのヌクレオシドにリン酸が3つくっついた「グアノシン三リン酸(GTP)」、ウラシルのヌクレオシドにリン酸が3つくっついた「ウリジン三リン酸(UTP)」などでも同じことだ。これらをまとめて「ヌクレオシド三リン酸(NTP)」とも言う。

実際、原始地球ではNTPからRNAが誕生したとする説もある。たとえば鉱物表面などで生じた化学反応で、まずATPやGTPのような分子が生まれた。それを「生命0.5」くらいのやつが、エネルギー源として利用しはじめる。利用するには当然、ATPやGTPを「認識」するような原始タンパク質が存在しなければならない。もし、そのようなタンパク質がつながっていて、ATPやGTPをくっつけるような反応を起こせば、そこからRNAのような鎖ができていくかもしれない、というわけだ。

これは第10回で紹介した分子版「ジュラシック・パーク」、すなわち原始地球で核酸とタンパク質が「共進化」するシナリオの一部となりうる。

それはそれとしてGTPもCTPもUTPも、エネルギー源として使える点ではATPとまったく同じだ。実際にそれらが生体内で化学反応を進める場面はあるのだが、ごく一部に限られている。あくまでもメインのエネルギー通貨はATPだ。その理由は、やはりわかっていない。

この点について、第10回にご登場いただいた東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)の研究員、藤島皓介(ふじしま・こうすけ)さんは、面白い譬え話を交えながら、次のように語っている(写真3)。

「先にGTPを認識するような酵素(タンパク質)が進化して、GTPを優先的に使うようになっていれば、実はATPではなくてGTPがメインの代謝系だったかもしれません。しかし現実には『Rich gets richer(金持ちほど、より豊かになる)』ではありませんが、最初にATPを認識するような酵素がぽっと出て、それがすごく便利だったから使うようになって、他の後発組が追いつけなかったということではないでしょうか。それは仮想通貨で言えばビットコインが最初に誕生して、その後にイーサリアムが来て、リップルが来て……といった具合に増えたものの、いまだにビットコインがトップシェアであるのと同じです。最初にその通貨を使ったことによるドミナンス(支配力)というのは、まちがいなく影響があると思います」

また、次のようにも言っている。

「いったんATPを使い始めた中で、わざわざ他のヌクレオシド三リン酸(NTP)を使うようにタンパク質が進化するかといったら、おそらくそうはならない。そういうものを使う生物がいるとしたら、なんらかの理由でATPが枯渇して、他のNTPが豊富な環境にいる場合でしょう。それはそれで別系統として進化していくだろうと思います。仮想通貨で言えば、リップルが豊富な環境中ではリップルをメインに取引するようなシステム(系)が誕生してもいい」

ただ金融市場における通貨トレンドと同様、進化もあまり単純化はできない。

「先の話に関連してATPを主として利用する我々でも、実はセントラルドグマにおける翻訳系にはGTPが優先的に利用されています。翻訳関連因子がなぜATPではなくGTPを特異的に利用しているのか――ひょっとしたらエネルギー通貨の財源をGTPにすることでリスクヘッジしているのかもしれませんし、あるいは翻訳系が誕生した環境と密接に関係しているかもしれません。いずれにせよ生命システムの起源における、大きなミステリーの1つです」

【写真】藤島さん
  写真3 実験室で作業中の藤島さん

エネルギー通貨としてGTPのほうがATPより優れている、ということはない。だからGTPをメインに使う生命が、我々のメジャー・バージョンアップとして誕生することないだろう。ただ「生命1.0」とは出自も、たどってきた道もまったく異なる「第2の生命」として存在するとしたら、それも「生命2.0」と呼ぶことはできるはずだ。もしかしたら火星やエウロパ、エンセラダス、タイタンといった他の天体には、そういう生命が住んでいる(いた)かもしれない。