そして「生命2.0」への道(前編)

生命1.0への道 第16回
藤崎 慎吾 プロフィール

アミノ酸や遺伝暗号、核酸塩基の異なる生命

とりあえずは、「生命1.0」がメジャー・バージョンアップする方向から考えてみよう。

たとえば昨今は「ゲノム編集」という技術が急速に発達して、遺伝子を手軽に書き換えられるようになった。しかし、それでちょっとばかり身体能力が高いとか、頭がいい人間を生みだしたとしても、「生命2.0」と呼ぶにはほど遠い気がする。せいぜい「生命1.1」とか「1.2」くらいのレベルではないだろうか。

ウルヴァリンと同じ「ミュータント」のデッドプールみたいに、手足の1本や2本を切り落とされても再生してくるとかであれば、かなりイケているとは思う。ただ、爬虫類や両生類にはお馴染みの能力なので、僕の感覚では「1.5」くらいだ。同様な理由で、鳥のように空を飛べたり、魚のように水中で呼吸できたりしても「1.5」以上はつけられない。もう一声、いや二声くらいほしい。

となると、1つ検討に値するのは、生命としての基本的な材料や仕組みが変わることだ。幻のウルヴァリン細菌は、DNAのリンがヒ素に置き換わっているという話だった。そこまでいけば限りなく「2.0」に近いと言ってあげてもいい(注1)。

注1)「限りなく近い」という留保をつけたのは、幻であった以上、DNAのリンがヒ素と置き換わった細菌に、どんな能力があったかは、わからないからである。少なくともヒ素がいっぱいの環境で、元気に生きていけることは確かだが、それだけかもしれない。ただ、もしこの細菌(の先祖)に猛毒を取りこんで自分の体にしてしまうという能力があったとしたら、それ自体が「2.0」級の超能力だと思うのである(もちろん個人の感覚です)。

そう考えると、ほかにも可能性はいろいろとある。

たとえば第10回で書いたことだが、地球上では500種類ものアミノ酸が発見されているにもかかわらず、生物のタンパク質に使われているのは、そのうちの20種類でしかない。生命の誕生時には、もっと少なかったのかもしれないのだが、いずれにしても、ずいぶん遠慮がちに使っている。その理由は未だに大きな謎だ。

どうせなら、もっと増やしたっていいんじゃないかと思う人はいるだろう。そうすれば当然、合成できるタンパク質の種類も増えて、新しい能力を獲得できるかもしれない(注2)。すでに100種類以上あるという人工アミノ酸も使えれば、可能性はほとんど無限だ。実際に50種類とか100種類のアミノ酸を利用できる生命が現れたら、それは文句なしに「2.0」と言えるだろう。

注2)タンパク質は言わば「分子機械」である。有機物でできたナノマシンと思ってもいい。人間が天然にないものを設計して合成する「タンパク質工学」という分野では、すでにさまざまな機能をもつ新しいタンパク質が生みだされている。その技術が発展すれば、たとえば低温・乾燥・紫外線や宇宙線などへの耐性を劇的に高めて、現在の火星でも裸で暮らせる「テラフォーマー」が誕生するかもしれない(もちろん個人の妄想です)。

ただ、それをするにはお馴染みの「セントラル・ドグマ」を改造しなければならない。細胞がタンパク質をつくる際に、DNAに書かれている遺伝情報をmRNA(伝令RNA)に写し取り(転写)、そのmRNAの情報をできあがったタンパク質に反映させる(翻訳)という、「生命1.0」に共通の仕組みだ(細胞が分裂する際にはDNAの複製も行われる)。その翻訳の段階で辞書の役目を果たす「遺伝暗号表」は、書き換えるか拡張する必要がある。

DNAの情報はアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4つの核酸塩基(文字)で書かれており、このうち3文字の配列(組み合わせ)で特定のアミノ酸の合成が指示されている。たとえば「GAC」や「GAT」だとアスパラギン酸、「GAA」や「GAG」だとグルタミン酸が合成される。この対応関係をmRNAに転写された塩基配列で表現したものが「遺伝暗号表」なのだが、後々の話がちょっとややこしくなるためACGTで考えたい(表1)。

【図(表)】遺伝暗号表
  表1 DNAの核酸塩基で表した遺伝暗号表。拡大表示はこちら

4文字ある中から3文字を使った配列の総数は4×4×4=64通りだ。つまり原理的には64種類のアミノ酸を指定できる。合成の開始や終了を意味する暗号も必要なので、それを抜いたとしても単純計算で62種類だ(注3)。しかし対応させるアミノ酸は20種類しかないから、42通りの配列は余ることになる。

注3) 実際の遺伝暗号表ではメチオニンをつくる配列が「合成開始」の意味を兼ねている一方、「合成終了」を意味する配列は3通りもある。したがって「終了」を1通りに絞れば、63通りの配列をアミノ酸の指定に割り当てられる。

実際には、複数の配列が同じアミノ酸を意味しており、余っている配列はない。無駄と言えば無駄だ。たとえば先ほど言ったように「GAC」と「GAT」がアスパラギン酸に対応しているなら、それを「GAC」だけにして、「GAT」は別の新しいアミノ酸に割り当てれば、20種類が21種類に拡張される。「合成終了」を意味する配列も3通りあるから、このうちの1つか2つを特定のアミノ酸に対応させてもいい。すでに理化学研究所の研究グループでは大腸菌を使って、そのような試みに成功しているという。

そうやって無駄がなくなるように暗号表全体を書き換えたとしても、100種類のアミノ酸を使えるまでには拡張できない。それを実現するには3文字の配列を4文字以上の配列に変えるか、文字自体を増やすしかないだろう。前者の場合だと、たとえば4文字の配列なら4×4×4×4=256通りまで拡張できる。そういう試みも行われており、細胞を使わない試験管レベルでは、ある程度、成功しているようだ。

そして今は、4種類しかない核酸塩基を、6種類に増やす研究も進められている。成功すれば6文字が使えるわけで、そのうちの3文字だけを組み合わせたとしても6×6×6=216種類の暗号に拡張できる。4文字にすれば1296通りで、すべての天然アミノ酸と人工アミノ酸を指定できることになる。

それを実現する研究は国内でも進められているが、アメリカのスクリプス研究所が一歩、先んじているようだ。2014年には2種類の人工塩基XとYをDNAに組みこんで大腸菌に導入し、正常に複製されることを示した。つまり、その大腸菌はACGTXYの6文字で書かれたDNAを得たことになる。

そして2017年には、改造したDNAで緑色蛍光タンパク質(GFP)を生成させることに成功した。その際、GFP遺伝子の「TAC」という配列を、人工塩基を含む「AXC」に変更したのだが、できたタンパク質では、ちゃんとそこが天然にはない人工アミノ酸に置き換わっていた(図2)。これは、もう「X-メン」ならぬ「XY-大腸菌」のプロトタイプが誕生したと考えても、いいのではないだろうか。

【図】人工塩基XとYの転写、アミノ酸生成
  図2 人工塩基XとYを組みこんだDNAがmRNA(伝令RNA)に転写され、そこに書かれた3文字の遺伝暗号をtRNA(転移RNA)が認識して、対応するアミノ酸をリボソームに運んでくる。このとき、人工塩基を含む暗号を認識して、人工アミノ酸を運んでくるようなtRNAをあらかじめ導入しておけば、できあがったタンパク質に、その人工アミノ酸が組みこまれることになる。拡大表示はこちら