最前線で生命と向きあう研究者を訪ねながら、「生命1.0」とは何か、つまり生命とはどこから生命なのかを考えつづけてきたこの連載も、いよいよ最終章を迎えます。
最後に考えるのは、「では生命2.0があるとしたら?」というテーマです。

「進化」と表現するだけでは足りない、私たちとは決定的な「何か」が違っているような生命が存在しうるとしたら、それはどんな生命なのでしょうか。
SFのなかの話のようですが、実はすでに、そうした可能性を感じさせる生命も見つかっているのです!
わくわくしないはずがないフィナーレ、ゆっくりお楽しみください。
幻のエイリアンまたはミュータント
2010年12月3日、ほぼ8年前だが、アメリカ航空宇宙局(NASA)が「宇宙生物学分野での大きな発見」について記者会見を行った。これは事前に予告されており、巷では「いよいよ地球外生命が発見されたのか!?」と大きな話題になった。読者の中にも、ご記憶の方はいるだろう。
蓋を開けてみると、残念ながらエイリアンの発見ではなかった。カリフォルニア州のモノ湖という非常に塩分濃度の高い強アルカリ性の湖で、とても変わった細菌が見つかったのだ(写真1)。我々を含むほとんどの地球生命にとって有毒なはずのヒ素を、その細菌はDNAの一部として利用しているという。


この連載の第2回で触れたことだが、DNAやRNAなどの核酸は「ヌクレオチド」という単位分子が、鎖のように数百から1億以上もつながってできている。そのヌクレオチドは「ヌクレオシド」という単位分子と「リン酸」からできている。このリン酸は、リンと酸素、水素の化合物だ。つまり核酸にはリンが欠かせない。我々の骨はリン酸カルシウムからできているが、核酸にとってもリン酸は骨格のようなものだ。
一方で元素の周期表を見ると、リンとヒ素は同じ第15族で上下に並んでおり、化学的な性質がよく似ている(図1)。なので、核酸のリンとヒ素を入れ替えても、理論的には同じように機能しうる。もしかしたら宇宙のどこかには、あるいは太古の地球には、そういう核酸を持った生命が存在する(した)のではないかと、一部の宇宙生物学者は以前から考えていた。それが実際に見つかったというのだ。

といっても、一般の人の多くは「それって何がすごいの」「どんだけ大発見なの」と首を傾げたのではないだろうか。
誤解を恐れず、うんとわかりやすく喩えれば、その細菌は「X-メン」のウルヴァリンなのである。マーベル・コミックのスーパーヒーローであり、映画ではヒュー・ジャックマンが演じて人気を博した。重傷を負ってもすぐ治ってしまう能力があり、両拳からは3本の長い爪が伸びてくる。
ウルヴァリンの見た目は普通の人間だ。しかし、その骨格は架空の合金「アダマンチウム」によって、全部ないしは一部が置き換えられている。何でもぶった切る鋭い爪も、その骨が内側から突きだしてきたものだ。それでも、やはりウルヴァリンは普通の人間だろうか? そう思う人は少ないだろうし、実際にコミックや映画では「ミュータント」とされている(写真2)。
ミュータント(mutant)という言葉自体は「突然変異体」を意味しているが、ウルヴァリンの場合はどちらかというと、仮面ライダーのような「改造人間」ないしは「改造超人」というべきもののようだ。その点は異なるが、DNAのリンがヒ素に置き換わった細菌は、リン酸カルシウムの骨が金属に置き換わったウルヴァリンみたいなものだと言えば、何となく「すごさ」が伝わるのではないだろうか。

しかし残念なことに、その細菌が「ミュータント」であることも、今はほぼ否定されている。NASAが発表したあとで多くの研究者が追試や検証を行い、DNAはヒ素に汚染されているだけで、リンが置き換えられている形跡はないという結論が出された。実際にリンがない環境では、細菌がまったく増殖しないこともわかっている。
確かにモノ湖は、リンが少ない一方で、高濃度のヒ素に満ちているという、生命にとっては厳しい環境だ。しかし、その細菌は毒に対する強い耐性を持っているものの、ヒ素を利用しているとまではいかない「普通の」生命だったようである。どうやら鳴り物入りの記者会見は、NASAの勇み足だったらしい。
とはいえ、幻のウルヴァリン細菌は、我々に「生命2.0」の可能性を広く知らしめてくれたとは言えるだろう。現在の地球に暮らしている「生命1.0」がメジャー・バージョンアップする可能性、あるいは我々とはまったく出自や系統の異なる生命が、どこかに存在する可能性だ。
ちょうど丸1年続けた本連載は、このお題で締めくくることにしたい(まだ最終回ではありません)。