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どん底から這い上がり…『路傍の石』は「20世紀の少年マガジン」だ

友情、努力、努力、そして努力で勝利
石井 徹 プロフィール

下巻もあったんです

さきほど、中学校の課題図書の話をしましたが、『君たちはどう生きるか』の隣あたりに、これまた必ずと言っていいほど載っていたのが、今回漫画にしました、山本有三の『路傍の石』です。

 

今回調べてみますと、私が子供時代に読んでいたのは実は物語の前半部分で、戦後に後半が書かれたことを知りました。前編・後編すべてを読みますと、作者の山本有三が言いたいことがよくわかります。

皆さんの中の多くは前半しか知らない方が多いかもしれません。前半だけを収録して書籍にしていた出版社も多かったからです。よって今回は上下巻二巻にして出しました。

『君たちはどう生きるか』は出版が1937(昭和12)年で、主人公のコペル君は14歳。『路傍の石』の連載が始まったのも1937年で、主人公の吾一君は12歳。つまりほぼ同年代で、その当時のエリートと庶民ということになります。

『路傍の石』では旧制中学が重要なポイントになっています。主人公の吾一君は家庭の事情で行けません。「路傍」とは「道端」、つまり「路傍の石(そこらへんに転がっている石)」を主人公に例えているわけですね。

「旧制中学」という言葉を辞書などで調べてみると現在の高校相当、などと書かれていることが多いのですが、事情はだいぶ違うのです。

戦前の義務教育は小学校までですから、中学以上は有料なのです。

これが異常に高いのです。現在の高校は公立であればかなり安いのですが、現在の高校レベルの知識を得るのは戦前では大変だったのです。旧制中学だけなく旧制高校、旧制大学すべて授業料が高いのです。

イラスト:山田 一喜

教科書代だけで年間15万円!

昔、少年マガジンで「Dr.NOGUCHI」という野口英世の漫画を担当していたころ、旧制中学の授業料や教科書代を調べたことがあります。今でも覚えているのは教科書代だけで、当時のお金で15円以上かかっています。今ですと15万円ぐらいでしょうか。毎年の教科書代だけで、ですよ。

年間授業料も現在の大学並みに高かったと記憶しております。ちなみに野口英世は小学校卒業となっていますが、正確には高等小学校です。当時の学制から言って旧制中学と同じと考えていいのです。

私の祖母も旧制千葉高等女学校に受かりましたが行っていません。父親も旧制千葉中学に受かっていますが行っていません。お金がなくて行けなかったのです。

また入っても、やたら中退する人が多いのです。授業料が払えなくなるからです。「タダの学校に行けばいいじゃないか」と思う方もいるかと思います。例えば師範学校や陸軍幼年学校です。野口英世も師範学校の受験を考えておりましたが、手が不自由だったので「体育」の試験に受からないことを知って断念しています。 
      
陸軍幼年学校も確かにタダです。しかしながら、田中角栄のように合格しても行けない人も多かったのです。なぜなら、すぐにでも働きに出なくては一家が立ち行かない、というほど貧乏だったからです。日本はそれほど貧乏な国だったわけです。一等国なんて嘘です。誰が言ったんでしょうね。

「路傍の石」の主人公吾一君はそういう子供です。

イラスト:山田一喜

よって戦前の旧制中学以上の学歴を持った人は少なく、エリートだったのですが、みなが頭がいいとは言えません。本当に頭のいい人は行けなかったかもしれないのです。

でも、そういう学歴を持たなくても這い上がった人はいます。すごい頭脳と根性なのです。