新雑誌のタイトルめぐり、命をかけて衝突した野間清治と男たち

「講談」か「快談」か、それが問題だ

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業者・野間清治の波乱の人生と、日本の出版業界の黎明を描き出す大河連載「大衆は神である」。

新雑誌創刊に向けて動き始めた清治だったが、行く先には様々な困難が立ちはだかる。ようやく創刊が決まった後にも大きな問題が持ち上がった。それは、新雑誌の「タイトル」をめぐる仲間との衝突であったーー。

第三章 大逆事件と『雄弁』、そして『講談倶楽部』─「冬の時代」に ⑷

大日本図書とは円満に?

望月は訊ねた。

「やろうと言ったって、これは伊藤源宗と2人で考えた計画だ。僕も伊藤も国民新聞から月給を15円もらっている。2人で30円の月給を、あなた、負担できますか」

清治は考え込んだ。

「ちょっと痛いな。弱ったな……望月君、君には15円払う。あと伊藤君の分は何とか当分の間、待ってもらえないか。こっちが目鼻がついたら、すぐに何とかするから」

望月は伊藤に清治の言葉を伝えた。伊藤は「それで結構だ」と答えた。

こうして清治の新雑誌発刊計画は本格的に動き出した。今度の雑誌は『雄弁』のように大日本図書に頼らず、自力で出したい。それでも大日本図書の了解を得ておかねばならない。清治は銀座本社に支配人の村田五郎を訪ね、計画を打ち明けた。

すると、村田は「たとい爆弾が破裂しても、これ程ではあるまいと思うばかりに」(『私の半生』)驚いた。そうして、清治に忠告した。

「今あなたは大学に勤めながら『雄弁』を編集しておられる。それだけでも容易ではない。雑誌というのは難事業中の難事業で、『雄弁』一冊でさえ、なおなお前途に困難がある。しかも、それは大日本図書という多年経験もあり、相当に信用もあり、販売の道もある社が発行しているからやっていけているのに、新雑誌を自力でやるなんて、お止めになったほうがいい」

 

しかし、清治は聞き入れず、

「是非やってみたい。倒れるまでやってみたい」

と、言い張った。

数日後、再び村田に会うと、彼から予想外の提案があった。

「『雄弁』を無償で差し上げますから、一つ試しに自力でやって御覧になったらよろしい。うまく行くようだったら、その次に新雑誌をお始めになったらよろしいでしょう。『雄弁』は今、幾分赤字を見るような状況である。あなた自身がおやりになれば、今まで宣伝もしているからどうにか行くであろうが、新たな雑誌をすぐ出すのは、費用も容易ならず、お止めになったほうがいい」