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パリから始まる反グローバリズムのうねりは「世界革命」に移行するか

過去の「パターン」を見てみると...

フランスのジレ・ジョーヌ抗議活動、いわゆる「黄色いベスト運動」が大規模化し、数千人単位の逮捕者や死者まで出たことに驚いた読者も多いだろう。

報道では「燃料税」をめぐる反対運動だとされているが、それはあくまできっかけにしか過ぎない。

フランス民衆の怒りは、実はEUの肥大化・エリート主義やグローバリズムによるフランスも含めた先進国労働者への搾取に向けられているのである。

ジレ・ジョーヌ抗議活動とはそもそも何ぞや?

デモに参加する人々がなぜ工事作業員が着るようなベストを持っているのか、不思議に思わないだろうか? 一般家庭に常備されているようなものとは考えにくい。

実は、フランスの法律では自動車にこの蛍光色のベストを含む3点セットを搭載することが義務づけられており、違反すれば罰金を取られる。万が一高速道路などで車が故障し、車外に降りざるを得なくなった時に、車の外に立つ運転者などが他の車に衝突されないよう安全確保をするためだ。

確かにそれ自体はよいことだが、3点セットの購入費用は国民の負担である。いつ起こるのかわからない緊急停止のために、法律の義務づけまでするのは、過剰な規制だと多くの国民が感じている。

EUでは「看護師の安全確保のためにハイヒールの使用を禁止する」ことが真剣に議論されるが、EUとは実質的にフランスとドイツの連合であり、経済面ではドイツ、政治面ではフランスが牛耳っている。

したがって、EUの政治体質にはフランスの体制が色濃く反映されている。フランスの官僚主義は、当時国営であったクレディ・リヨネ銀行在職中にいやというほど感じたが、日本のお役所仕事を凌駕する。

そして、そのような過剰な規制と、それを支える高給で有名なエリートEU官僚を頂点としたフランスを含む欧州のEU支配体制に、国民からの「non」を突き付けたのが今回の「黄色いベスト運動」の本質である。

ちなみに、EU離脱を叫ぶ欧州各国の政党をマスコミは「極右」などと呼びたがるが、これは大いなる誤解を招く。

そもそもEUの中心はフランスとドイツであり、どちらも全体主義的傾向が色濃い国である。ドイツ国民が選挙でヒットラーを選んだことはよく知られている。フランス人も1789年のフランス革命で王政を打倒し、国王を処刑までしているのに、1804年には国民の選挙によってナポレオンを皇帝に選んでいる。

グローバルリズムという言葉は、国際的な自由を感じさせるが、EUの実態を見ればそれが幻であることがよくわかる。

欧州国家間の国境の垣根を除いて、自由な交易を行ったが、結局国民の選挙によって選ばれないEU官僚が巨大な権力をふるい、王族・貴族のようになっただけである。そして、すべてがEU官僚一極集中となり、国民は専制政治のもとで苦しむ。

これがEUの実態であり、反EU政党は、EUの専制支配から国民を開放する、本当の意味でのリベラル(共産主義の偽リベラルでは無い)=自由主義者なのである。

なお、EUの実態や英国がEUからの離脱を急ぐべき理由については、10月15日の当サイト「ブレグジッドは大正解 英国よ沈みゆくEUからいち早く脱出せよ!」に詳しく書いた。

 

マクロンはやはりエリートのボンボンだった

マクロン大統領は39歳の若さで大統領に就任した。これは1848年に40歳で大統領に就任したナポレオン3世の年齢を更新する史上最年少だが、この若さゆえの未熟さを懸念する声も多かった。

そして、現状を見ると、その懸念が現実になっているといえる。

ジレ・ジョーヌ抗議運動に参加する人々の矛先はマクロン大統領個人にも向いている。

例えば、大統領選挙後の勝利集会の会場は、当初発表されたエッフェル塔下のシャン・ド・マルス公園ではなく、ルーブル宮のガラスのピラミッドの広場であった。しかもベートーベンの第九が流され、荘厳な雰囲気が演出された。

さらに、就任後最初の上下両院の議員に対する大統領の演説はヴェルサイユ宮殿で行うなど、大統領がまるで皇帝や王のような絶対君主(権威者)に見えるような演出を行っている。

テレビでも、大統領がエリート意識丸出しで、下々の生活にうといことを如実に表した失言が、いくつかテレビで放映されたが、これはまるでマリー・アントワネットが「ご飯が食べられないのなら、ケーキを食べればいいのに」と発言したという逸話と同じくらいの怒りを庶民に湧きあがらせたに違いない。

ちなみに、筆者が執行パートナーを務める人間経済科学研究所の代表パートナーである有地浩は、マクロン大統領が学んだ国立行政学院(ENA)に留学している。

有地によれば、彼らは自分の知能に絶対的な自信を持ち、かつ自尊心が高く、自分の主張をなかなか曲げない傾向がある。特にマクロン氏は、エリートが集まるENA卒業生の中でも、さらにエリートしかなることができない財務監察官に採用された経歴を持つ。

今回のジレ・ジョーヌは、「一般国民対特権的支配者」の図式があまりにも明白で、第2次フランス革命とは言い過ぎかもしれないが、1968年の学生ストライキに端を発した5月革命以上のものにはなるのではないだろうか。ドゴール大統領は、結局、翌年、国民投票に敗れて辞任し、その次の年の1970年に亡くなっている。