ありふれた「珈琲屋」の風景は世界に類を見ない日本独自の文化だった

「コーヒーの日本史」の謎が解けた!
旦部 幸博 プロフィール

水商売系のカフェー

ただ、このとき日本の「カフェー」には、本家フランスの「カフェ」にはない要素が付け足されていた。それは女性の給仕、すなわち「女給」の存在だ(当時のフランスではカフェの給仕は基本的に男性の仕事だった)。

女給はカフェーの華としてブームに火をつけ、やがてコーヒーでも情報交換でも芸術談義でもなく、彼女らを目当てに集まる客層が中心になっていった。

公娼廃止に向かっていたこの時代、遊郭や芸妓屋、私娼窟などが、指定された花街以外での営業を禁止されていく中で、女給のサービスを売りにする水商売系のカフェーが、その代替になっていったのである。

銀座のカフェ・クロネコ(1927年開業)

特に関東大震災後の復興期には、東京のいたるところでカフェーが急増。しかし、それとともに公序良俗の乱すものとして社会問題化した結果、1930年代にはこれらと一線を画して酒色を排した「(普通)喫茶店」や「純喫茶」が増加を迎える。

ただし、まもなく太平洋戦争が始まってコーヒー輸入が停止し、戦前の喫茶ブームは幕を下ろす。

そして終戦後、GHQによる遊郭廃止の指示を受け、東京ではいわゆる「赤線」地帯の店が、一斉に「カフェー」に看板を付け替えた。これによって賤業のイメージが決定的になる。さらにそれらも1958年の赤線廃止で姿を消し、「喫茶店」が再興を遂げるかたわら、人々の口に登ることもなくなったのである。

「カフェー」から「カフェ」へ

「じゃあ、いまある『カフェ』は一体どこから来たの?」と不思議に思った人もいるかもしれない。それは、平成に入ってからの、第3期ブームのときに生まれた新しいスタイルだ。

昭和が終わる頃には、水商売的なカフェーの記憶は人々から薄れ、カフェー/カフェという響きに差別的なニュアンスを感じない若い世代も次第に増えていった。1980年代に若者の間で「カフェバー」が流行したのも、その一例と言えるだろう。

さらに1989年、パリに本店を置くカフェ・ドゥマゴが渋谷bunkamuraに出店すると、それまでサンドウィッチやスパゲティなどが軽食の定番だった日本の喫茶店に対し、本格的で凝った料理をテラス席で提供するスタイルが話題を呼んだ。

90年代にはこの手のフレンチカフェがブームを迎え、「カフェー」ならぬ「カフェ」の時代が幕を開けたのである。

ただし、このとき進出してきたフランスのカフェも、そもそも「コーヒー専門店」ではない。現代のフランスにおいてカフェは飲食店の一業態、いわば「もっともカジュアルなレストラン」だからだ。

元を正せば、フランスで最初にカフェが生まれた17世紀は、国王ルイ14世の権勢をバックに、さまざまな同業者組合(ギルド)が特権を握る「ギルド社会」。飲食業の分野でも、肉を煮込むのと焼くのが別のギルドの専業になっていて、一つの店で煮込み料理と焼き肉は提供できないなど、ガチガチに規制されていた。

コーヒーについても、カフェのギルドに属する店以外で客に出すことは許されていなかった(逆に、カフェでは食事は提供できなかった)。フランスのカフェは客同士の交流がメインで「コーヒーのおいしさ」を追求する店ではなかったが、その意味で、当初は文字通りの「コーヒー専門店」だったと言える。

ところがフランス革命によって王政が廃止されると、ギルド制も基盤を失って崩壊した。そもそも革命の目的の一つが既得権益の廃止であり、フランス革命とは最大規模の「規制緩和」に他ならない。こうして革命以降のフランスでは専門料理に特化した店が消滅していった。

現在のフランス料理店には、レストラン、ビストロ、ブラッスリー、カフェなどのスタイルがあって、それぞれ営業形態や時間帯(ランチとディナーの間にテラスを開くかどうかなど)、ドレスコードは異なるが、出てくる料理自体に本質的な違いはない。

これらは、寿司屋、蕎麦屋、天ぷら屋のような「業種」の違いではなく、百貨店、スーパー、コンビニのような「業態」の区分なのである。

 

「脱サラ」組の個人開業

ただしそんなカフェが、日本ではいつの間にか「コーヒー専門店」という別の認識にすりかわった。その大きな要因の一つは、1996年にスターバックスが日本進出で成功を収めたことだろう。

以降、エスプレッソ主体のバールや生豆の品質を売りにするスペシャルティコーヒーなどアメリカ・セカンドウェーブの流行が「海外の最新トレンド」として紹介された。

それが先述のフレンチカフェや、後から上陸したアメリカ・サードウェーブのスタイルとごちゃまぜになり、2000年代には表参道や渋谷などからオシャレな「東京カフェ」のブームに火がつき、全国に波及したのである。

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だが誤認を生んだ最大の要因、それは日本には、すでに「コーヒーのおいしさを追求する専門店」というジャンルが存在していたからに他ならない。それこそが冒頭に挙げた「珈琲屋」とも呼ぶべき店。昭和後半の第2期ブームで定着したコーヒー専門店たちだ。

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