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大塚英樹が迫る!野村HD・永井グループCEOの知られざる「流儀」

会社を根底から作りかえた男の覚悟
大塚英樹

つまり、永井は転出する先々で「顧客第一主義」を浸透させ、やがて全社共有の価値観へ醸成させている。

今日の経営理念は永井の長年の揺るぎない信念でもある。その点で、永井は証券会社の在り方を変える〝№2的役割〟を果たしてきたといえる。  

では、永井は「顧客のために」何をしてきたか。

豊橋、岡山の両支店長時代は、「地域と共に生きる」というスローガンを掲げ、地域密着に徹した支店経営を追求している。

 

京都支店では上場より、第三者割当増資を先行

例えば豊橋支店では地元企業との関係を強化するため、数名の女性社員から成る「情報サービスチーム」を立ち上げ、情報発信を行う。

また、岡山支店では初任地が同支店の生え抜き社員で構成する「若手課」を新設するなど斬新な取り組みに挑戦している。

両支店とも、顧客に寄り添ったサービスの提供で業績を拡大させている。  

また、京都支店長のときは、顧客にとって付加価値のあるサービスを提供するビジネスモデルを全社に示している。

当時、京都は情報通信、バイオテクノロジーなど最先端技術を擁する新興企業が次々に誕生していた。

そうした新興企業に証券各社は挙って早期上場を提案した。  

しかし、永井は顧客には株の上場より、機関投資家への第三者割当増資を先行させ、事業展望を投資家に説明し、定着させることを優先すべきだと提案した。

永井案は受け入れられ、まず第三者割当増資を実施し、その翌年に上場を果たす。

永井はすでに企業金融本部担当取締役へ転じていたが、「お客様のため」という思いは結実した。

顧客に寄り添う永井流は法人営業・企業金融部門の手本となった。  

その後永井は、常務執行役、専務など歴任し、トップを支える参謀役になる。

永井浩二(ながいこうじ)                                                           1981年中央大学を卒業後に、野村證券株式会社に入社。豊橋支店長、岡山支店長、事業法人一部長、企業金融三部長、京都支店長を経て、2003年に取締役企業金融本部担当、2012年に野村ホールディングス株式会社執行役員 野村證券株式会社取締役兼代表執行役社長、同年8月から野村ホールディングス株式会社代表執行役員グルーCEO  野村證券株式会社取締役兼代表執行役社長、2017年から野村ホールディングス株式会社取締役兼代表執行役社長グループCEO 野村證券株式会社取締役会長。