生徒や先生たちの反響は?

授業の後は、校長室に案内されて、給食をいただきながら先生たちと反省会。
評価は概ね上々で、国語の先生から「私の授業ではいつも退屈そうにしている生徒が、鈴掛さんの話は真面目に聞いていて嫉妬しちゃったわ!」と、冗談交じりに褒めていただけたこともあります。

生徒たちには、宿題としてその日のうちに短歌を作ってもらい、授業の感想といっしょに用紙に書いてもらいます。

次の日に学校で回収し、後日東京に郵送してもらった短歌を見てみると、自分の想いを慣れない言葉で表現しようと健闘した素晴らしい作品ばかり。

そして感想には、
「同性愛者の人に初めて出会いました」
「ゲイの人の経験談が聞けて良かった!」と、やはりポジティブな意見が多く見受けられます。

いまだに地毛の茶髪を黒に染めようとする閉鎖的な学校もある一方で、近年LGBTが急速に認知され理解されてきたことに準じて、日本の教育も少しずつ変わってきている印象を受けます。むしろ、教育としてLGBTの知識を取り入れたくても、それを子どもたちに正しく伝えられる指導者が見つからないというジレンマを、学校は抱えているんです。

ゲイである僕自身が「本当に僕なんかが教壇に立って良いんだろうか」と心配してしまっていたけれど、教育現場は思うよりもずっと進歩していて、僕たちLGBTが今まさに求められていることを実感しました。

カミングアウトはわざわざしなくてもいい?

とはいえ、「たとえ先生がゲイでも、わざわざそれを授業で打ち明けなくても良いんじゃない?」と感じる人もいると思います。

実際、ある学校の先生からは、こんな要望が。

『先生がゲイだと知ってしまうと、せっかく短歌の授業を開いてくださるのに、生徒たちが短歌を学ぶということに集中できなくなってしまうのではないか。今回は、ゲイであることに触れずにお話いただけないでしょうか?』

こういう心配って、いろんな場面で誰もが抱いてしまうものなんじゃないかな。
特に、親御さんや、たくさんの生徒を抱える先生たちは、子どもにはあえて危ないことをさせず、穏やかな毎日を過ごせるように気を遣うもの。