どんなふうに感じますか?

みなさんは、もしも学校の教壇に立つ先生がLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)だったとしたら、どんなふうに感じますか?

たとえば、自分の子どもが通っている学校に、LGBTの先生がいたとしたら。

僕は愛知県の、名古屋市に隣接する春日井市というところの出身で、今は東京で一人暮らし。5・7・5・7・7の短い詩『短歌』の作家として活動しています。

そして、春日井市の文化財団から「学校で短歌の授業を開いてくれないか」と依頼を受け、市内の公立中学校へ講師として出向いています。

地元の学校の教壇に立てるなんて、とても光栄なこと。依頼をもらったとき、ぜひやってみたいと思ったのだけど、心配ごとがひとつ。

僕、ゲイなんだけど、大丈夫なのかな?

歌人の鈴掛真さんは、エッセイ&短歌集の『ゲイだけど質問ある?』でも生々しい質問にもまっすぐに答えている。自分が中学生のときには誰にもカミングアウトできなかったという鈴掛さんは、教師として中学校に足を踏み入れた時、いったいどうしたのだろうか。

僕は家族にも友人にも隠さず生活しているし、オープンリー・ゲイとしての体験を綴ったエッセイをいくつも執筆してきたし、今更しり込みすることなんてないわけだけど、学校となると話は別。

生徒の親御さんたちの中には、同性愛者に対して理解のない人がいるかもしれない。学校の先生だって、同性愛者の講師を招くことに全員が賛成していないかもしれない。

教育というセンシティブで重要な任務を担う場、子どもだけじゃなくたくさんの大人たちが関わる学校という場で、「本当に僕なんかが教壇に立って良いんだろうか」と。

僕がそんなふうに躊躇していると、意外にも、学校からこんな提案が。

せっかく東京からお招きするなら、教師には話せないような人生観なども生徒たちにお話いただきたいです!

確かに、学校って、教科だけを教えてくれるところじゃないよね。

社会のこと、将来のこと、働くってこと、大人になるってこと。勉強だけじゃない様々な価値観を教えてくれるところであるはず。だとすれば、LGBT当事者としての体験談は、これこそ子どもたちに聞かせるべき意義のある話なのでは!

こうして、学校側の意見に背中を押されて、講師として教壇に立つ決心がつきました。

では、僕が行っている授業の様子をご紹介しましょう。