自然災害大国で千年以上続く集落「千年村」をご存知ですか?

より豊かな普通さを獲得するために

災害はなくならない

21世紀はどうやら世界的な災害期のようだ。

日本の場合は「世界で最も災害の割合が高い国」を証して余りある(参照「国土技術研究センター - 自然災害の多い国 日本」)。

国内観測史上最大規模といわれ、原子力発電所のメルトダウンをもたらした2011年3月の東日本大震災以来、伊豆大島の土石流(2013)、広島土砂災害(2014)、御嶽山噴火(2014)、熊本地震(2016)、大阪北部地震(2018)、西日本豪雨(2018)、猛暑記録更新(熊谷市・2018)、台風21号(大阪・2018)、北海道地震(2018)などが記憶に新しい。

建屋が吹き飛んだ発電所跡、奇跡的に城を支えていた石垣の一隅、橋桁に衝突するタンカーなどはまさに災害現場というべき衝撃的なもので、その映像はニュースを通じて全国に瞬時に配信され、そのつど人々を震撼させた。

人間がいかに近代技術で押さえ込もうとしても、災害を生じさせる大地のエネルギーはあらゆる経路で様々な形をとって出現する。災害はなくならない。

 

「千年村」とはなにか

そんな悲劇的な場所としてニュースに登場し、はからずも有名になってしまった地域がある。

その一方で、日本全国にはいまだに、なんとも言えず気持ちの良い、ごく普通の集落環境が多数残っている。

それらはたとえば有名タレントの散歩や、自転車を漕いだり、鈍行電車やバスを使ったりして偶然訪れた、小さい村や町が支える日本の風景である。

もちろんそこも過去にはいくたびもの洪水、地震などの災害に遭遇したはずだが、少なくとも災害の犠牲において有名になってしまった地域ではない。

「壊れた村がある一方、日本には壊れなかった村がたくさんあるのではないか?」東日本大震災の直後、防災学の著名教授が検討会議の場で漏らしたその一言は衝撃的だった。そのとき、車窓からよく見かける普通の日本の集落が光り輝く貴重なものに思えてきた。

壊れずに長続きしていそうな風景だからこその普通なのであり、それらこそが日本という土地にひそむ豊かさと日頃の生活の知恵を語っているのではないか。その教授に許しを得て、その気づきを一つの言葉にした。それが「千年村」である。

「千年村」とは千年以上にわたり、災害や社会の変化を乗り越えて、生産と生活が持続的に営まれてきた集落・地域をさす。

そしてそんな地域を探し出し、長続きの理由を検討し、その持続をたたえ、地域の交流を目指したのが、「千年村プロジェクト」である。

地図プログラマー、造園学、環境工学、建築学そして民俗学領域等の研究者と学生たちが自発的に集って2011年に発足した任意団体である。

「千年村」はどこにある

さてニュースにもならなそうな、普通に良い地域を探し出すにはどのようにすればよいか。関係者の好みや限りある経験だけでは太刀打ちできそうにない。

そのため千年以上前の平安期の「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」という当時の辞書を用いることにした。

そこには4千以上の郷名、つまり当時存在していた地域の名前が記載されていた。そしてすでに多くの地名学者によってそれらの地名が、現在のどの場所にあてはまるかが検討されていたのだ。

その地域が今でも続いていれば、そこはそのまま「千年村」候補地となる。そんな先人の検討結果をもとにして具体的な立地がわかる地域を見きわめていくと、その半数の約2千もの地域が判明したのである。

私たちはそれを地図にプロットしたのだが(地名学者は言葉の研究に没頭してプロット作業を怠っていたのである!)、それが大きなブレイクスルーになった。

一枚の地図に落とし込めれば、ほかのいろいろな種類の地図に重ね合わせて、その地域の特徴をいろいろと確認することができるからだ。

千年村プロジェクトのホームページの地図機能はその候補地の立地の性格を色々と検討することができる。

試しに九十九里浜の千年村候補地を地質図の上で確認してみたところ、村々は被害を受けやすい沿岸地域にはなく、山の麓のより頑丈な地盤と稲作のしやすい(つまり洪水に見舞われやすい)低地の際に一列に並んでいた。

図1:千年村を見つける(千葉県九十九里浜周辺の千年村候補地立地と地質の関係/千年村ホームページより)
 

つまり山の麓に家を構え湧水や木々を利用し、農作業は肥沃な低地で行うという知恵が見事に現れてきたのだった。それらはすべて注意深く選ばれて住み続けられてきた可能性のある場所なのだった。

そして考えてみれば、前面に水田が広がり、一段上に道が通り民家がある。そしてその家の背後にひかえる山々というその「千年村」的立地こそ、ごくごく普通の日本の農村風景だったことを思い出した。

図2:ある千年村の鎮守の森の風景