誰にとっても思い出深い…平成を代表する「100人の故人」を偲ぶ

さよなら、そしてありがとう…
週刊現代 プロフィール

面白かった人

バブルが崩壊し、社会全体に重い空気が立ち込めた平成の時代。それでも、私たちを笑顔にしてくれた人々がいた。

自分の死までも「芸」にしてしまったのは、五代目立川談志さんだ。生前、名人はこう話していた。

〈俺が死んだら見出しは決まっている。上から読んでも下から読んでも〝談志が死んだ〟〉

実際、本誌連載が絶筆となった際も、談志さんが用意しておいた見出しが付いた。そして、〝談志が死んだ〟後も、その笑いは生き続けている。

「志の輔さん、談春さん、志らくさん。今でも大活躍している弟子をこれだけ育てた噺家はなかなかいない。

今でも彼らは『もし師匠だったら』と談志さんを語る。亡くなって花が萎むのではなく、弟子を通じて談志という花が咲き続けている」(前出・影山氏)

その談志さんが、死に際まで意識し続けていた同世代の落語家が三代目古今亭志ん朝さんだ。

我流の笑いを極めたのが談志さんなら、志ん朝さんは作品に忠実な「王道派」だった。

落語の道をストイックに追究し続け、幻の「止め名」である圓朝を襲名できるのは志ん朝だけだとまで言われた。噺家としてまだまだこれからという63歳の若さで肝臓がんに倒れたことが悔やまれる。

寄席やテレビだけではなく、「漫画」で大衆を笑わせた人もいる。「ギャグ漫画の王様」赤塚不二夫さんだ。赤塚さんの『天才バカボン』や『おそ松くん』は、今なおアニメがリメイクされるほどの普遍的な面白さがある。

見出された才能の一人であるタモリが、赤塚さんの葬儀で「私もあなたの数多くの作品の一つです」と弔事を読んだことは、記憶に新しい。

本人はいたって真面目でも、その言動の「おかしみ」で愉快な気持ちにさせてくれた人もいた。

 

芸術家・岡本太郎さんの「芸術は爆発だ」。エキセントリックな表情、仕草、口ぶりばかりが注目されたが、大阪万博の際の作品、太陽の塔がいま再評価されるなど、その足跡は本当の面白さを今の世に問うている。

'90年、勝新太郎さんがマリファナ等の所持容疑で逮捕された時の「もうパンツははかないようにする」発言もとぼけたおかしさがあった。確かに、悪いことをしたかもしれないけれど、どうにも憎めない。そんな愛嬌がこのスターからは溢れていた。

田中角栄さんも度量の大きさを感じさせる人間だった。誰もが認める大物政治家で、ロッキード事件をはじめとする「政治とカネ」の悪印象もありながら、独特の愛くるしさ、新潟訛りの喋りに多くの国民が惹かれた。評伝や名言録は今もベストセラーになっている。

前出の佐高氏が語る。

「『人間10人集まれば1人くらいは共産党がいるもんだ』という言葉が角栄を表している。ようするに、いろいろな種類・立場の人を認めることができた人間だった。

政治家の役割は単純に言うと『戦争をしないこと』です。角栄はそれを体現していた男でした。ダーティなハト派。とにかく偉ぶらないから、庶民からも多大な人気を集めた」

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ダーティ、だけど愛される。そんな政治家は、ハマコーこと浜田幸一さんが最後かもしれない。

この「国会の暴れん坊」は、当選7回ながら大臣経験は一度もなし。しかし、国会での破茶滅茶ぶりや『ビートたけしのTVタックル!』などの番組での悪態は、普通の人の不満を代弁してくれるようで、胸のすく思いにさせられた。

舌禍に厳しい今のご時世ならすぐに「辞任」に追い込まれているかもしれないが、そういう豪胆な政治家がいなくなった世の中は、どこかつまらない。

コラムニスト・ナンシー関さんの残したテレビ批評は今も評価が高い。

辛口な文章は、ブラウン管の向こう側の芸能人や出来事の何が面白くて、何が面白くないのかに気づかせてくれた。

前出の影山氏が言う。

「人間誰しも特定の人との付き合いがあると、その人に甘くなりがち。ナンシーさんは、人間関係によって筆が狂わないように、業界人と付き合うことは避けていたそうです。

自宅にビデオデッキを4~5台置いて録画視聴するほどのテレビ好き。辛口が受け入れられたのも、厳しさの裏に愛があったからでしょう」

本当に面白かった人とは、本当の面白さとはどういうことか知っていた人たちだったのだろう。