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かつて暴力被害を受けた貴ノ岩が人を殴り…根深すぎる「暴力の連鎖」

あの大騒動で何も学ばなかったのか…

被害者が一転加害者に…

思えば昨年の今頃は、横綱日馬富士が貴ノ岩に暴力を振るって引退にまで至ったことで、世間は大騒ぎだった。

その後、貴ノ岩の師匠の貴乃花親方は、理事を解任されたばかりか、その後の理事選にも落選し、突然部屋をたたんで、相撲協会を退職するに至った。

さらに、因果関係はよくわからないが、離婚をしたことも報じられた。まるで「ジェットコースター・ドラマ」のようで、思いもよらぬ急転直下の激動が続いた。

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そして今度は、かつての暴力事件では被害者であった貴ノ岩が、付け人である弟弟子を殴り、その責任を取って引退を表明した。

ワイドショーでは、ずっと貴乃花擁護の論陣を張っていた立川志らくが、貴ノ岩を「大馬鹿者」と切り捨てたが、まさにその一言しかない。彼はあの大騒動のなかで何ひとつ学ばず、何も考えていなかったということだ。

暴力の被害者として相手への憎しみや恨みつらみはあっても、暴力そのものに対する憎しみや嫌悪感は抱いていなかったと言われても仕方ないだろう。

私自身も彼は「大馬鹿者」だと思うが、それと同時に「彼もあっち側の人間か」とも思った。「あっち側」とは、暴力を肯定し、平気で他人の人権を蹂躙(じゅうりん)できる人間の側にいるということだ。

昨年の一連の騒動のとき、私は何度かここで日馬富士事件を取り上げた(参照「貴乃花と日馬富士、被害者が悪者になる『バカげた事件』の不快さ」「『日馬富士事件』大相撲からいまだに暴力沙汰が消えないワケ」)。

そのとき、記事を読んだある記者の方から「相撲に関心があるのですね」と問われたが、そうではない。関心があるのは暴力のほうだ。私は、暴力の原因やその防止にこそ大きな関心がある。

 

暴力の歴史

相撲界には、長い暴力の歴史があって、かつてそれは「かわいがり」などと呼ばれていた。兄弟子が弟弟子を殴るのは、「しつけ」の一環のようなもので、否定されるどころか、当たり前のことで、むしろ賞賛されるようなことであったのだろう。

一方、相撲協会も努力はしている。暴力根絶を掲げ、さまざまな取り組みをしている最中だ。その結果、昔に比べるとずいぶんと改善されたところもあるのだろうが、そうは言っても暴力根絶にはほど遠い状況である。

日馬富士事件を受けて設置された第三者委員会の最終報告書が、今年10月に出されたが、そこでは「暴力を容認する意識が根強く残っている」と指摘されている。