鬱も詐欺も左遷も経験した金髪銀行員だった僕はこうして「変わった」

人は変われる
伊藤 羊一 プロフィール

エリート銀行マンが金髪ノーネクタイで出社したワケ

左遷を経て、思わぬ詐欺にも巻き込まれた。『半沢直樹』さながらの出来事に直面したのだ。

「ITバブルが到来して、ベンチャー企業が注目を浴びていた時代。某通信ベンチャーが当座を開いて、手形を発行したいと言うので、僕が担当になって手形帳をつくったんです。ところが、その会社はバンバン手形を振り出して、瞬く間に倒産……。

興銀も被害者ではありますが、なぜそんな企業に手形を発行したんだとなり、興銀内で作成した『やってはいけない仕事一覧』みたいな冊子があって、そのトップに僕が引っ掛かった手形詐欺が紹介されてしまった。つまり、ダメな社員がいきなり仕事ができるようにはならないということですね(苦笑)」

それと前後して、銀行の大合併が進むことになるのだが、伊藤青年はこれには大きなショックを受けたという。

「一生懸命、銀行に馴染むべくやってきたのに、他の銀行と統合するって、どういうことだよ!? と。それからは“一人レジスタンス”みたいになって、金髪にしてノーネクタイで働くようになった。統合後は、上司の決裁を得るプロセスなんかもガラッと変わって、何度もミスを犯した結果、『伊藤は素行が悪いし、使えない』という烙印を押されたこともありました」

銀行をやめて転職。わずか7年で「ナンバー2」に昇進

転職を決めたのはその頃だ。やりきれない気持ちを抱えたまま、辞表を提出して渡米。

数週間、海外を放浪した後、縁あって文具・オフィス家具メーカーのプラスに拾われた。昭和23年創業の老舗企業だ。

 

「歴史のある会社なんで、保守的な人も多かったんですけど、社長は新たなビジネスをどんどん立ち上げ、とても革新的な方でした。だから、新しい風を巻き起こしてやろうという意気込みだけはあった僕を買ってくれたのかもしれません。

銀行出身なんで、数字には強くてもビジネスはわからない。そこで、物流部門配属となり、物流システムの構築や物流センターの効率化を担うプロジェクトを実施しました。4年程度かけて大幅なコストダウンを実現して、取り扱いアイテム数を増やすことにも成功した。その後も、マーケティング部門で成果を出し、入社から7年後には流通カンパニーのナンバー2にまで昇進していました

銀行マンからプラスへの転職は、その後のサクセスを決定付けるターニングポイントとなったと言う。

「プラスに入社して、ビジネスについて学ばないといけないと感じて、グロービス経営大学院に通い始めたんです。社会人になって時間を削って通学しているので、サボるわけにもいかないでしょ。卒業したのが2011年。東日本大震災のあった年でした。このとき、プラスでも成果をあげたこともあり、環境がガラっと変わっていったんです。

震災直後、会社に物流の復旧を指揮する人間がいなくて、僕が以前物流をやり、トラブル対応には慣れていたので、物流網の復旧をみずから買ってでたんです。東京から福島に通じる道路は通れないから新潟から回っていくようにとか、トラックが不足しているからあの取引先に頼んでみようとか、“外科手術”のような緊急対応を施して、業界でいち早く配送を再開しました。文具だけでなく電池や水、コンロ、消毒液、清掃用品や段ボール、台車など、復旧に必要な商品を多数扱っていたから、お客様には喜んでいただけました。

一方で、サプライヤーさんはビックリしながら、『プラスさんがいち早く物流を復旧してくれたおかげで、東北にガンガン商品を出荷することができた』と言ってくれました。被災者の苦しみは計り知れないなか、睡眠時間を削って東北を『日常に戻すため』に頑張り続けました。お客様のお役にたてることだけを考えていました