「境界線」に生きる者が僕たちに教える「豊穣な世界」への行きかた

東大教授にお題エッセイを頼んでみた
水越 伸 プロフィール

38度線が直線なのに対して、軍事境界線は河川や道路のように曲がりくねっている。もともとなぜ北緯38度で分割したかについては、帝国日本による植民地時代の経緯を含め諸説あるが、ここではおいておく。いずれにしても大国のトップが地図上でサッと横に引いた線がそれだった。しかし現実の境界線はそうはならなかったのである。

軍事境界線の驚くべき豊饒

Googleマップで朝鮮半島を表示し、軍事境界線をどんどん拡大してみよう。どこまで拡大しても、河川や道路とはちがってそれは細い線のままだ。

その線は国際政治上、あるいは軍事上存在するが、地理的には存在していないからだ。ところが実際には軍事境界線をまたいで非武装地帯(DMZ:DeMilitarized Zone)というのが存在している。それは長さが約250キロメートル、幅が約4キロメートルの細長いベルト地帯だ。

長さが250キロメートルというのは、直線で東京から福島や浜松に達する距離で、相当なものである。幅4キロというのもかなりの距離だ。散歩するくらいの速さで約1時間かかる。

軍事境界線、および非武装地帯の歴史は、厳しく、深いものだ。

この地帯には高圧電線が張りめぐらされ、地雷が埋められ、監視兵がいる。そこを縦断して亡命することは至難の業であり、かつて多くの人が命を落とした。

しかし近年、この境界線近辺に豊かな自然が保全されていることが話題になっている。

1953年から今年で65年、その間、ほとんど人の手が入らなかったこの地帯には5000種を超える動植物、ジャコウジカやタンチョウヅルをはじめとする約100種類の絶滅危惧種が棲息し、飛行可能な鳥類の豊かさは特筆すべきものらしい。

南北融和が進むなか、非武装地帯近辺の開発が加速することに対して、環境団体は危惧しているという。

軍事境界線という線は、抽象的思考においてはたんなる線に過ぎないが、現実には生き物の宝庫となっているのである。

非武装中立地帯(DMZ)朝鮮半島の非武装中立地帯(DMZ)の様子(2017年撮影)。ある程度はツアーで中に入ることができる。定期的に自然環境の調査も進行している Photo by Getty Images

南北をつなぐ2本の鉄道路線

再び朝鮮半島の地図を見てみよう。

やや南からやや北へと延びる軍事境界線付近を東西にじっくり眺めてみると、2本の鉄道路線がそこを縦断していることに気づく。半島の西側にありソウルと北朝鮮の新義州を結ぶ京義線、そして東側で釜山と北朝鮮の元山などを結ぶ東海線だ。じつはいずれも軍事境界線で切断されているのだが。

2018年8月、文在寅(ムン・ジェイン)大統領はこれらの鉄道路線の再接続を核とする「東アジア鉄道共同体構想」を提示した。実現すれば、朝鮮半島を中国、ロシア、さらにヨーロッパへつなぐことができる長大な路線となる。

これからも南北統一にはさまざまな困難がつきまとうだろう。しかし今後、比較的早い段階で最もあり得ることの一つは、過去に何度も計画が頓挫したこれら鉄道路線が再びつながり、人や物が往き来することだ。

20世紀前半、帝国日本による植民地時代に建設されはじめた(東海線は一部のみ)これらの鉄路は、今は切断されているがもともとは一つの線路だった。だから南北で軌道は同じなのである。その再接続は、運行システムの統一や部分的な修復や線路増設によって比較的コストもかからず実現可能である。

それらが中国横断鉄道やシベリア鉄道に接続され、いずれ釜山からモスクワやロンドンへ鉄道で旅することができるようになるかもしれない。「東アジア鉄道共同体構想」は僕に、かつての満州国の鉄道構想を思い出させつつも、そうした夢を示してくれる。