70過ぎて薬学部に入った遅咲きの研究者の「不屈の精神」

学び始めるのに遅すぎることはない
週刊現代 プロフィール

亀高氏は40代のときに妻を白血病で失った。さらに再婚した2番目の妻も、くも膜下出血で倒れた。二人の妻を救うことができなかった無念を抱えながら、表には決して出さず、亀高氏は己の信念を貫いた。

亀高氏の研究テーマは、糖尿病性白内障。ラットを使って白内障の発症を観察し、それに対して予防や治療が可能かどうかを研究していた。

 

「当時はラットの眼球を精密に測定する良い装置がありませんでした。すると、亀高さんが特殊なカメラを作っているエンジニアを紹介してくれました。最終的に亀高さんとエンジニアと私でラットの白内障を測定できる装置を作ることができたんです。

従来の装置でも研究は可能でしたが、質の高いデータを求めた亀高さんの熱意が新しい装置の開発につながりました」(石井氏)

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日本最高齢で薬学博士号を取得した遅咲きの研究者

大学院の門を叩いてからおよそ10年後、'08年に亀高氏はついに研究論文を書き上げ、念願の薬学博士号を取得した。

多少は薬学の知識があったとはいえ、神戸大学経済学部出身の亀高氏がイチから学んで、10年間で博士号までたどり着いたことは奇跡だろう。

「父は本当によく勉強に励んでいました。週3回は朝方3時、4時まで没頭していた。

不慣れだったパソコンも、若い学生の方々に助けてもらいながら習得した。勉強する姿は本当に楽しそうでした。博士号を取ったときは、当たり前だと言わんばかりに偉そうな顔をしていましたが、やっぱり嬉しかったでしょうね。

でも、これでホッとして身体を壊したんじゃないかな。4年後に亡くなります。人生をやり遂げた気持ちがあったと思う。本当に言葉だけでは語りきれないほど激しい人生を駆け抜けた人でした」(賛平さん)

学び始めるのに遅すぎることはない。