さよならダイナマイト・キッド!初代タイガーが捧げる「最期の言葉」

過去は振り返らない。けれども…
田崎 健太 プロフィール

その後、『修斗』という総合格闘技を立ち上げた佐山さんと、プロレスラーであり続けたダイナマイト・キッドの人生が再び交差することはなかった。

しかし、二人の間には不思議な縁がある。

修斗立ち上げ時代、佐山さんの弟子に北原光騎さんという人間がいた。北原さんは修斗を辞めて、全日本プロレスに入団している。そこで、新日本から移籍していたダイナマイト・キッドと出会ったのだ。

 

北原さんはこう振り返る。

「ぼくは佐山さんのタイガーマスク時代のビデオを観ながら、動きを完全にコピーしていたんです。トップロープに登って、ポンポンとサマーソルトをやったり、スピンキックをしたり。それをダイナマイトが見て〝あいつ、凄いな〟って言ってくれたんです。そして、(ジャイアント)馬場さんと天龍(源一郎)さんに、〝あいつをカナダに呼びたい〟と。それでぼくはダイナマイトのいたカナダに行くことになったんです」

北原さんは佐山さんから厳しく格闘技を仕込まれている。北原さんの中に単なる物真似ではない、何かを見たのかもしれない。カナダではダイナマイト・キッドの自宅の一室を借りて生活することになった。

「サトルが来るならば……」

ぼくは今年7月に『真説・佐山サトル』という本を上梓した。その取材でイギリスを二度訪れている。

一度目は16年5月、イギリス滞在中の佐山さんの面倒を見ていた元プロレスラー、ウェイン・ブリッジという元レスラーに話を聞くためだった。このとき、8月にもう一度イギリスに来ないかと誘われた。

彼はイギリスのかつてのレスラーを集めた「ブリティッシュ・レスラー・レユニオン」という組織を主宰しており、毎年8月の第二日曜日に集まっていた。この年は25回目に当たり、佐山さんに何らかの賞を授与したいというのだ。

ダイナマイト・キッドも来るだろうかとウェイン・ブリッジに訊ねると「電話では連絡を取ったことはあるが」と言葉を濁した。

「彼はかつての自分を知っている人に今の姿を見せたくないのだろう。だからぼくたちの会には顔を出さない。ただ、サトルが来るならば、ダイナマイトも来るかもしれない。ダイナマイトはサトルの事が大好きで、レスラーとして尊敬していたから」